乳がんや膵がん、早い段階からの全身転移が近年明らかに
名古屋大学は3月2日、膵臓の前がん細胞が肝臓と肺に転移し、かつ、その臓器の細胞であるように装って隠れていることを明らかとしたと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科腫瘍外科学の江畑智希教授と山口淳平病院講師らの研究グループによるもの。研究成果は、米国科学雑誌「Oncogene」オンライン速報版で掲載されている。
画像はリリースより
膵がんは、日本の部位別がん死亡数の第4位(年間死亡者数が約2万5,000人)であり、5年生存率10%程度の悪性度の高い腫瘍だ(癌の統計’17:がん研究振興財団)。膵がんの予後が悪い最大の理由は転移であり、転移した膵がんに対する有効な治療法の開発が望まれている。
一般的に、がんは進行がんになってから転移すると思われがちだが、最近の研究では乳がんや膵がんはもっと早い段階から全身に転移することが明らかになってきている。しかし、全身に散らばったがん細胞がどのように腫瘍になるのかなど、未知の部分が多く残っている。このような早期がん細胞の生体を明らかにすることは、転移性膵がんの治療法開発に寄与する可能性が高く、重要な研究課題となっている。
転移とは認識できない「隠れ転移」の状態で生存し、がんになる
今回の研究では、がんの進行度に応じたマウスモデルを使用。膵臓では前がん病変PanINから膵がんが発生すると考えられているが、これまでの研究グループの研究により、タンパク質TFF1が欠損すると1段階がんに近くなることが判明している。
そこで今回は、TFF1欠損マウスを使って前がんマウスと膵がんマウスをそれぞれ、さらに前期および後期に分類し、4種類のマウスで比較(前期前がんマウス、後期前がんマウス、前期がんマウス、後期がんマウス)。これらのマウスの膵臓細胞を赤い蛍光色素tdTomatoで標識し、全身へ転移する経過を追う、という手法を用いた。
まず、血液中の細胞を確認。血液の中にはtdTomato陽性細胞が混入しており、膵臓細胞の血液への侵入が確認された。この細胞は前がんマウスで最も多く認められ、膵臓前がん細胞(PanIN細胞)が循環腫瘍細胞(CTC:circulating tumor cells)となることが判明した。
次に、肝臓を調査。マウスはすべて生後3か月という早い段階を調査対象としたので、明らかな肝転移はなかったが、肝臓には多数のtdTomato陽性細胞が存在していた。これらの細胞は肉眼的にも病理学的(顕微鏡的)にも肝細胞であり、通常の検査では転移細胞としては認識できないものだった。
研究グループは、これを「隠れ転移(stealth metastasis)」と命名し、さらに検討。その結果、隠れ転移はがんマウスではなく前がんマウスに最も多く認められたという。
隠れ転移は肝臓だけではなく、肺でも確認された。また、肺の「隠れ転移」はその後腫瘍(がん)になることが明らかとなった。つまり、膵臓の細胞はがんになる前に肝臓と肺に転移し、転移とは認識できない「隠れ転移」の状態で生存し、その後にがんになった、ということになる。
特異的マーカーの探索、隠れ転移がん化予防の方法などを模索
転移性膵がんの治療は抗がん剤による化学療法しかないが、それも奏効率は低く、副作用の頻度も高いため、有効な治療法とは言い難いのが現状だ。転移が腫瘍になる前の段階、すなわち隠れ転移の段階で発見することができた場合、がんになる前にこれを切除する事やがん化を予防するなど、究極の予防的治療法確立の可能性があるという。
研究グループは、今回確立した隠れ転移マウスモデルを用いて、隠れ転移を発見するための特異的なマーカーの探索や、隠れ転移がん化予防の方法などを模索していく予定だとしている。
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・名古屋大学 プレスリリース