OCD病態の1つとして線条体のグルタミン酸神経伝達異常に着目
京都府立医科大学は2月17日、強迫性障害(Obsessive-compulsive disorder:OCD)の病態モデルマウスを作製し、脳内で活性酸素を産生する酵素NADPH oxidase1(NOX1)が強迫性障害様の症状である反復行動や思考柔軟性の低下の発現に関与していることを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院医学研究科病態分子薬理学教室の浅岡希美助教、矢部千尋教授ら、京都大学大学院薬学研究科生体機能解析学分野の金子周司教授らの研究グループによるもの。研究成果は、科学雑誌「Journal of Neuroscience」に掲載されている。
画像はリリースより
OCDは、不安やストレスを感じるような考えが心に浮かび、その考えを取り払うために特定の行動を繰り返してしまう精神疾患。約50人に1人が発症するとされ、薬による治療効果が薄い、治療抵抗性の患者が多いことが問題となっている。長らく新しいOCD治療薬の探索が行われているが、いまだ課題が多く残されているのが現状だ。
近年、OCD患者の脳機能研究から、線条体という脳部位においてグルタミン酸を介した神経伝達が増強していること、そして、そのために線条体の神経活動が異常に高くなっていることが指摘されている。しかし、OCD患者の線条体で上記のような異常が起こっているメカニズムは不明だ。
今回の研究では、OCDの病態の1つとして線条体のグルタミン酸神経伝達の異常に着目し、そのメカニズムを明らかにすることで、新しいOCD治療薬の開発につながる標的を探すことを目標とした。
OCD病態とNOX1の関連をマウスで調査
今回、ドパミンD2受容体を繰り返し刺激することで作製したOCDモデルマウスを使用。同マウスは、OCD患者でドパミンD2受容体の異常が報告されていることや、ドパミンD2受容体を刺激する薬を服用している患者でOCDと類似した症状が発現するといった知見を基に開発した。同マウスは、同じ行動を長時間繰り返す「反復行動」や、一つの考えにこだわり、柔軟に対応できない「思考柔軟性の低下」といったOCDと類似した行動上の異常を示す。
今回の研究で着目したNOX1は、活性酸素を産生する酵素であるNADPH oxidaseの一種。活性酸素は、周囲の分子を酸化してその機能を変化させる働きがあり、京都府立医科大学大学院医学研究科病態分子薬理学教室では、これまでにもさまざまな病気にNOX1由来の活性酸素が関与することを明らかにしてきた。今回、脳のさまざまな部位でNOX1の発現量を比較したところ、線条体において他の部位より数十倍高いNOX1発現が認められ、OCDモデルマウスではさらにその発現量が増加していたことから、OCD病態とNOX1の関連をより詳しく調べた。
NOX1遺伝子欠損やNOX1阻害薬の処置で、グルタミン酸神経伝達増強は消失
まず、全身の細胞でNOX1の遺伝子を持たない、NOX1遺伝子欠損マウスを使ってOCDモデルマウスを作製したところ、OCD様の行動異常が改善された。NOX1遺伝子を持つマウスでOCDモデルマウスを作製した際も、行動をテストする前にNOX1阻害薬を投与することで反復行動が改善された。
続いて、線条体のグルタミン酸神経伝達を記録したところ、OCDモデルマウスでは線条体に存在する神経細胞のうち、ドパミンD2受容体を持つ中型有棘神経細胞でのみ、ドパミンD2受容体を刺激した時にグルタミン酸神経伝達が増強されることが明らかとなった。一方で、NOX1の遺伝子欠損やNOX1阻害薬の処置によって、こうしたグルタミン酸神経伝達の増強は消失した。
次に、上記のようなグルタミン酸神経伝達の増強メカニズムを薬理学的に検討したところ、OCDモデルマウスではドパミンD2受容体刺激時に、一般的なGタンパク質を介したシグナルではなく、βアレスチンを介したシグナルを介してグルタミン酸神経伝達が増強していることを発見。
また、NOX1がこうしたβアレスチンを介したシグナルの誘導にどのように関与しているのかを、OCDモデルマウスの線条体や線条体から単離培養した線条体の神経細胞を用いて検討した。その結果、NOX1は脱リン酸化酵素の一種であるタンパク質チロシン脱リン酸化酵素(PTP)を抑制すること、ドパミンD2受容体刺激時にリン酸化酵素Srcの活性化を引き起こすことが明らかになった。一方、NOX1遺伝子欠損マウスで作製したOCDモデルマウスでは、Srcの活性化は起こらなかった。
Srcの活性化は、βアレスチンを介したシグナル誘導に必要であることから、NOX1は、PTPの抑制、Srcの活性化を介してβアレスチンシグナルの誘導に関与し、ひいては線条体のグルタミン酸神経伝達の増強やOCD様の行動異常の発現に寄与することが考えられる。
NOX1、OCD治療ターゲットとしての可能性
今回の研究では、OCDの臨床研究で指摘されていた「線条体の活動性亢進」といった病態のメカニズムの一端を明らかにするとともに、OCD治療ターゲットとしてのNOX1の可能性を初めて見出した。今回の発見は、これまでとは全く異なるメカニズムのOCD治療薬の創薬につながる可能性があるという。
また、OCDの症状である反復行動や思考柔軟性の低下は、各種依存症や摂食障害などさまざまな中枢神経疾患でも治療上の問題となっている。線条体のNOX1抑制はこうした疾患に対しても有効な治療標的となることが期待される。
今後は、正常と病態の比較を通して、反復行動や思考柔軟性の低下が生じる神経メカニズムについてさらなる検討を行っていく予定だと、研究グループは述べている。
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