時間と対応した脳の神経活動を「数分単位」という条件で調査
東京大学は2月5日、脳の海馬と線条体の神経細胞が、分単位の時間の流れに対応して活動することを発見したと発表した。この研究は、同大大学院薬学系研究科博士課程の鹿野悠大学院生(研究当時)、佐々木拓哉特任准教授、池谷裕二教授の研究グループによるもの。研究成果は、「Current Biology」に掲載されている。
画像はリリースより
生物は、過去の経験において「いつ」何が起こったのかという時間情報を処理しながら、適切な行動を選択する必要がある。これまで、脳が時間の経過をどのように認識し、どのように将来の予測的な行動を実行しているのかという神経メカニズムは、詳しく知られていなかった。近年、時間と対応した脳の神経活動が調べられ始めているが、その多くは数秒単位など、比較的短い時間スケールを対象としたものだった。
研究グループは今回、特に先行研究の少ない「数分単位」という条件において、ラットがエサを提示されるまでにどのような行動や神経活動を示すか調べた。
時間依存的な神経活動は、動物の経験に応じて柔軟に形成される
研究では、時間経過に対応した神経活動を詳細に調べるため、ラットの行動課題を新たに考案した。最初にラットは、25cm四方の部屋の中で、一角にある報酬(エサ)提示装置から5分おきに提示される報酬を獲得するように訓練される。報酬の提示は3秒間のみで、このタイミングを逃すと報酬は回収される。そのためラットは時間経過を手掛かりとして、報酬を獲得する行動戦略を学習する必要がある。訓練されたラットは、経過時間とともに、報酬提示部に顔を近づける行動の増加がみられた。この行動は、時間経過に伴って報酬への期待が高まっていることを示唆していると考えられる。
次に、海馬にムシモールという薬物を投与して、海馬の活動を抑制したところ、時間経過に伴った行動変化が見られなくなった。このことから、海馬が時間経過に伴う予測的な行動に重要であることが示された。
さらに、このような行動課題に取り組むラットの海馬と線条体に32本の金属電極を慢性的に埋め込み、神経細胞の活動を記録。その結果、およそ25%の神経細胞が、時間経過に伴って活動頻度を増加または減少させたり、特定の時間に活動を高めたりすることを発見した。このような時間経過を表現する神経活動は、行動課題を訓練されていないラットでは初めは見られず、行動課題の経験を繰り返すことで、新たに形成されるようになったという。以上の結果から、「ラットは数分単位の時間長を認識して予測的な行動をとること」「海馬や線条体の神経活動は数分単位の時間経過と対応すること」「時間依存的な神経活動は経験に伴って形成されること」が示された。
脳が時間の流れをどのように認知しているのか理解するための重要な発見
今回の研究成果により、これまで解明されてこなかった数分単位の時間経過に対応した脳の神経メカニズムの一端が明らかになった。研究グループは今後の課題として、情動と時間認知の関わりが興味深いとしたうえで、「その時々の感情に応じて、私たちには時間の進み方が早かったり遅かったり感じられることがある。こうした生理現象を正しく理解するには、今回解明された脳の神経メカニズムがどのように関わっているのか、明らかにしていく必要がある」と、述べている。同研究結果を布石として、脳内でどのように時間経過が認知され、将来の正しい行動に結びついていくか、さらなる理解が進むと期待される。
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