治療予測を立てられるような信頼性のあるバイオマーカーは?
北海道大学は2月8日、免疫チェックポイント阻害剤による治療効果を予測する方法の開発に成功したと発表した。この研究は、同大大学院医学研究院の小林弘一教授ら、米国テキサスA&M大学、MDアンダーソンがんセンターの研究グループによるもの。研究成果は、「Scientific Reports」にオンライン掲載されている。
画像はリリースより
免疫チェックポイント阻害剤は、ヒトの免疫系を活性化することでがん細胞を駆除する治療薬。抗PD-1阻害剤、抗CTLA-4阻害剤の開発に成功した京都大学の本庶佑教授と米国MDアンダーソンがんセンターのジェームズ・アリソン教授は、2019年のノーベル医学賞を受賞した。免疫チェックポイント阻害剤は悪性黒色腫で効果が確認された後、さまざまながん種へその適応を拡大している。
一方で、課題もある。第一に、免疫チェックポイント阻害剤は非常に高価な治療薬だ。米国においては日本円にして5000万円近くが免疫チェックポイント阻害剤を用いた治療に必要となるため、富裕層しか治療を受けることができない事態となっている。日本においては、日本の健康保険制度を圧迫する要因になっている。
第二に、副作用の問題がある。免疫チェックポイント阻害剤による治療では、免疫関連有害事象と呼ばれる副作用が単独使用でおよそ患者の4分の1、抗PD-1阻害剤、抗CTLA-4阻害剤の2剤併用ではおよそ半分の患者に生じるとされている。さまざまな臓器において、自己免疫疾患が起こり得る。免疫チェックポイント阻害剤の本質が免疫活性を引き起こすことにある以上、これらはどうしても避けられない副作用だが、生じる臓器や程度によっては命に関わる重篤な症状になることもある。
第三に、必ずしも全ての患者で治療効果が認められる訳ではない。悪性黒色腫に対して抗PD-1阻害剤を単独で使用した場合、治療効果が認められる患者は全体の20~30%とされている。副作用の頻度の高さと、高額な治療費を考えると、治療前に効果を予測し、治療効果の可能性があるがん患者のみが免疫チェックポイント阻害剤による治療を受けることが理想的だ。この治療予測の重要性については早くから認知されており、各国で治療予測の指標となるような予測因子(バイオマーカー)の開発が進められてきた。
最もわかりやすいバイオマーカーは、免疫チェックポイント阻害剤が標的としているPD-1やCTLA-4などの阻害分子。これらに関しては多くの研究がなされ、実際臨床上でも使われてきたが、信頼度は当初期待されていたほど高くはなく、これらを測定するだけでは、治療効果を予測するのは困難だ。
また、がん細胞を免疫系ががんと認識するにはがん特有の抗原(がん抗原)が必要で、がん抗原の量が多ければ多いほど、免疫細胞にがん細胞は捕捉されやすくなり、実際がん抗原の量が多いがんでは免疫チェックポイント阻害剤の効果も高まる。ただし、これだけでは治療予測は困難だ。他にもさまざまなバイオマーカーが研究されているが、治療予測を立てられるだけの信頼性のあるものはない。
NLRC5発現を他のバイオマーカーと組み合わせる手法、治療効果予測だけではなく5年生存率の予測にも
がん細胞を免疫細胞が攻撃して排除するためには、がんに存在するがん抗原を免疫細胞が認識する必要がある。がん抗原やウイルス抗原のように細胞の内部にある抗原を免疫細胞に見せるための装置は、MHCクラスIとして知られている。MHCクラスIを構成する多くの分子を細胞内で発現させるために必要なのが、NLRC5という免疫系の遺伝子だ。
研究グループは先行研究により、がん患者の多くがNLRC5の機能や発現を失うことによって、MHCクラスIの発現が低下し、がんに対する免疫応答が低下していることを発見。そこで、NLRC5に注目し、皮膚がん患者における治療効果を解析した。治療開始時にNLRC5の発現が高い皮膚がんの患者グループでは抗CTLA-4阻害剤に対する効果が高い頻度で見られたのに対し、NLRC5の発現が低い患者グループでは治療効果が低くなることがわかった。
また、NLRC5の発現をバイオマーカーとして、今までに報告されてきたバイオマーカーの発現やがん抗原量などと組み合わせると、さらに治療効果がある患者群と効果がない患者群に分けることが可能になったという。
NLRC5の発現を他のバイオマーカーと組み合わせる手法は、治療効果予測だけではなく、がん患者の5年生存率の予測にも効果的であることが判明。さらに、同様な手法を抗PD-1阻害剤による治療を受けた患者群でも用いた結果、抗CTLA-4阻害剤による治療と同様に、NLRC5の発現が治療予測および予後予測のバイオマーカーとなることがわかったとしている。
今回の研究成果より、免疫チェックポイント阻害剤治療における治療効果の効果的な予測が可能になるという。開発された手法を用いることで、効果の可能性がある患者は免疫チェックポイント阻害剤を積極的に使用することができる。また、効果の可能性がないと判断された場合には、副作用などの免疫チェックポイント阻害剤のマイナス点から解放され、異なる治療法を選択できるとしている。
今後は、治療開始時に予測精度の高いバイオマーカーを測定して、効果の可能性がある場合のみに免疫チェックポイント阻害剤治療を開始するように変わっていくと考えられる、と研究グループは述べている。
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・北海道大学 プレスリリース