医療従事者の為の最新医療ニュースや様々な情報・ツールを提供する医療総合サイト

QLifePro > 医療ニュース > 医療 > 脊髄損傷者の上肢力調節能力は高く、脳活動も特徴的-東大ほか

脊髄損傷者の上肢力調節能力は高く、脳活動も特徴的-東大ほか

読了時間:約 3分22秒
このエントリーをはてなブックマークに追加
2021年02月04日 PM12:15

損傷高位より上位の運動機能や脳の適応との関連を解析

東京大学は2月2日、脊髄完全損傷者(下肢の運動・感覚まひ)の上肢力調節機能が、他の疾患による車椅子使用者、健常者よりも特異的に高いことを発見し、力調節を行っている際の脳活動は健常者と大きく異なり神経活動の効率化が生じていることがわかったと発表した。これは、同大大学院総合文化研究科の中澤公孝教授、博士課程の中西智也大学院生(日本学術振興会特別研究員DC1)らの研究グループによるもの。研究成果は、「Neurorehabilitation and Neural Repair」のオンライン版に掲載されている。


画像はリリースより

脊髄損傷により損傷高位以下の領域は、運動・感覚まひを呈する。まひに対する有効な治療法は長年見つかっていなかったが、ロボットや装具を用いた歩行リハビリテーションや、電気刺激などの物理療法の併用により、一部の機能が回復することが明らかとなってきている。また、今後は再生医療技術がより高まり、損傷高位以下の機能を回復させるための医療は、より発展していくと考えられる。

一方、損傷高位より上位の運動機能に着目すると、おおまかな残存機能と日常生活自立度との関係を調べた研究は多くあるものの、詳細な運動機能の定量化および運動機能の向上に影響する要因の検証は行われていなかった。この要因と考えられているのが、脊髄損傷後に生じる脳の適応だ。脊髄損傷は脊髄の障害であり脳に変化はない、ということがこれまでの常識だったが、近年、大脳皮質感覚野における下肢支配領域の容積縮小や、上肢運動時の活動領域の変化が報告されている。

脊髄完全損傷者の力調節能力は特異的に高い、その要因は?

研究グループは、上肢機能を司る脳領域の変化が生じているのであれば実際の上肢運動機能にも変化が生じているのではないかという仮定のもと、脊髄完全損傷者(損傷高位:胸髄以下)、他の疾患による車椅子使用者、健常者の3群を対象として、上肢の力調節能力を調べている。その結果、実際に脊髄完全損傷者の力調節能力が特異的に高いことが明らかになった。

そこで今回、脊髄完全損傷者はなぜ健常者よりも力調節能力が高いという調査結果が出たのか、その要因を探るため、実際の力調節中の脳活動および背景にある脳の変化を調べた。

前回および今回の一連の研究では、上肢運動機能を調べるため、力調節課題を用いた。これは、握る力をできるだけ安定させ、保つもの。その際に生じる力のゆれ(変動)を定量化した。この値が小さければゆれが小さく力調節能力が高い、逆に大きければゆれが大きく力調節能力が低いということを意味する。力調節課題は、年齢や筋肉の状態、高齢者の転倒可能性との関連が報告されており、ゆれの状態から運動の調節能力を測るために広く用いられていることから、運動課題として採用された。

前回の研究では、脊髄完全損傷者14人(損傷高位は胸髄以下であり、上肢にまひはない状態)、その他の下肢障害者15人(二分脊椎や小児ポリオなど)、健常者12人を対象とし、最大握力の2%、10%、30%、65%を算出し、モニターにターゲットラインとして提示した。このターゲットに握力のラインをなるべく正確に合わせるようにしてもらい、その間の力波形から、ゆれの程度を算出した。結果は、どのターゲットレベルにおいても、脊髄損傷者群が健常者よりもゆれの程度が低い結果となった。

脊髄損傷者では運動野-上頭頂小葉間の機能的結合性が高く、上頭頂小葉の容積が肥大

今回の研究では、スポーツ経験のある脊髄損傷者8人(7人:完全損傷、1人:不全損傷、損傷高位は胸髄以下)、健常者10人を対象として力調節課題中の脳活動をfunctional MRIを用いて計測。また、脳容積をT1強調画像、領域間機能的結合性を安静時functional MRIで計測した。その結果、脊髄損傷者の力調節能力は前回の研究と同じようにとても高く、その際、脳の一次運動野の活動量が少ない「神経伝導の効率化」が生じていることがわかった。

この現象はプロの演奏家やスポーツ選手のような、熟練者に見られる神経系の発達を示す特徴の1つであるが、脊髄損傷者の脳でも同様の現象が起きていることが明らかとなった。また、視覚野への依存度低下が見られ、安静時functional MRIは、健常者と比して運動野-上頭頂小葉間の機能的結合性が高く、脳構造は上頭頂小葉の容積が肥大していることもわかった。つまり、上頭頂小葉は運動感覚統合や四肢の姿勢感覚を担う領域であることから、力調節中の感覚処理や姿勢保持能力を高め、結果、力調節が安定し、視覚野への依存度が低下したと考えられるという。

障がい者スポーツにおける驚愕のパフォーマンスの背景に神経学的な適応が関連か

これらの変化は過去の脊髄損傷者を対象とした研究では報告されておらず、脊髄損傷後にスポーツを行うことで生じた特異的な適応であると考えられるという。実際、障がい者スポーツの現場を見てみると、脊髄損傷者は上肢で車椅子を巧みに操作したり、重い重量を持ち上げたりと、健常者では成しえない驚愕するパフォーマンスを発揮することがある。

「これらは日頃の練習の成果であると同時に、背景には上述の神経学的な適応が関連していると考えられる。今後、障がい者でしか発揮できない能力があることを、神経学的な根拠をもとにより明らかにすることで、雇用促進や新しい役割の考案など、障がい者がより能力を発揮できる社会システムの構築や、次世代型共生社会の創生に貢献していきたい」と、研究グループは述べている。

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

同じカテゴリーの記事 医療

  • 加齢による認知機能低下、ミノサイクリンで予防の可能性-都医学研ほか
  • EBV感染、CAEBV対象ルキソリチニブの医師主導治験で22%完全奏効-科学大ほか
  • 若年層のHTLV-1性感染症例、短い潜伏期間で眼疾患発症-科学大ほか
  • ロボット手術による直腸がん手術、射精・性交機能に対し有益と判明-横浜市大
  • 前立腺がん、治療決定時SDMが患者の治療後「後悔」低減に関連-北大