持久力、認知機能、ドーパミンの働きを反映し得る自発性瞬目率の3者関係性を明らかに
筑波大学は2月1日、自発性瞬目率と持久力、前頭前野が司る認知機能(実行機能)の3者の関係について、若齢男性を対象に調査した結果、高い持久力を持っている人ほど安静時の自発性瞬目率が多く、また、高い認知機能を持っていることを見出したと発表した。この研究は、同大体育系ヒューマン・ハイ・パフォーマンス先端研究センター(ARIHHP)の征矢英昭教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Medicine & Science in Sports & Exercise」に掲載予定。
画像はリリースより
身体活動は体力の維持・向上だけでなく、脳の健康にも良い効果を有することがわかってきた。特に、有酸素運動は脳には効果的とされている。近年の研究により、子どもから高齢者まで、よく有酸素運動をしており持久力(有酸素能力・スタミナ)が高い人ほど認知機能が高いことが明らかになっている。一方で、なぜ持久力が高い人ほど認知機能が高いのか、その要因はいまだに特定されていない。
げっ歯類を使った研究により、意欲や情動、認知との関係で知られるドーパミン神経の活動が運動意欲を高めること、また運動トレーニングをするとドーパミン神経の機能が向上することがわかっており、ドーパミンは持久力と認知機能の関係をつなぐ重要な因子の可能性がある。しかし、ヒトではドーパミン神経の機能を非侵襲的に定量化することは難しく、持久力と認知機能の相関関係にドーパミンが関与しているかはいまだ不明だ。
古くから「目は口ほどに物を言う」と言われるように、目の活動と精神活動との関係は非常に密接である。その1つとして、ヒトが意識せずにしている瞬きの頻度(自発性瞬目率)はドーパミンの活動が反映されているとされ、近年、脳・神経科学分野において注目されている。例えば、ドーパミン神経の脱落がみられるパーキンソン病患者では、自発性瞬目率が少ないことが知られている。
そこで今回の研究では、持久力、認知機能、ドーパミンの働きを反映し得る自発性瞬目率の3者の関係性を明らかにすることとした。
幅広い体力の健常若齢男性35人を対象に検証
今回の実験には、健常若齢男性(18〜24歳)の大学生・大学院生35人が参加。参加者には、運動習慣のない人から運動部に所属している人まで、幅広い体力の人が含まれた。
持久力の生理学的指標である最高酸素摂取量は、約10〜15分程度の自転車運動負荷試験により計測。1分間に20ワットずつ運動負荷を漸増させ、各個人が疲労困憊に至るまで運動を行い、その時に採取した呼気ガスを分析した。
自発性瞬目率については、椅子に座って安静にしている間の5分間の瞬きの回数を測定。ビデオカメラで参加者の瞬きを撮影し、実験後に2人の測定者によって回数が数えられ、1分間当たりの平均回数を算出した。研究対象者には、前に張られている紙に印刷されたプラス印を眺めるように指示し、瞬きを計測することについては伝えていなかった。
ドーパミン作動性神経系は前頭前野に作用し、前頭前野が司る認知機能、実行機能を調整することが知られている。そこで同研究では、多様な認知機能の中から実行機能に焦点を当て、その機能を評価するストループ課題を用いた。その中でも最も実行機能を反映すると考えられている「ストループ干渉処理能力」(色のついた文字の意味に惑わされることなく文字の色を判断する能力)を評価指標として用いた。
自発性瞬目率、最高酸素摂取量とストループ干渉処理能力の関係を媒介
まず、これまでの研究と同様に、最高酸素摂取量が高いほどストループ干渉処理能力が高い(持久力が高いほど実行機能が優れている)ことを確認。
次に、自発性瞬目率との関係を調べたところ、最高酸素摂取量とストループ干渉処理能力のいずれもが、自発性瞬目率と相関があり、持久力の高さ、実行機能の高さ、自発性瞬目率の多さの3者は相互に相関することが明らかとなったという。
また、この3者の関係性について、統計学的な検定である媒介分析を実施。その結果、自発性瞬目率は、最高酸素摂取量とストループ干渉処理能力の関係を媒介することが明らかとなった。
ドーパミン神経機能、持久力と実行機能の相関関係関与を示唆
続いて、脳活動との関係について検証するため、ストループ課題を実行中の被験者に、機能的近赤外分光分析装置(fNIRS)を装着させ、実行機能に重要な左背外側前頭前野の活動を計測。その結果、自発性瞬目率が多い人ほど、左背外側前頭前野の活動が効率的である(神経効率が高い)ことがわかった。
過去の研究においてもドーパミン神経の機能が高い人は前頭前野の活動が効率的であることが示唆されている。今回の研究結果は、自発性瞬目率が持久力と実行機能との関係を取り持つ際に、ドーパミン神経の機能の高さを所以とした前頭前野の神経効率性が一部関与していることを示唆しているとしている。
以上の結果より、持久力が高い人は自発性瞬目率が多く実行機能が高くなっているという関係性があり、さらに、その背景としてドーパミンとの関連が示唆されている左背外側前頭前野の神経効率性の関与も示唆された。自発性瞬目率はドーパミン神経の活動を反映することから、今回の研究成果は、ドーパミン神経の機能が持久力と実行機能の相関関係の橋渡しをしていることを初めて示唆するものとなったとしている。
今後、性別や年齢の異なる母集団などで同様に検証の必要
今回、持久力の高い人は前頭前野の司る高次認知機能である実行機能が高く、その両者を結びつける因子としてドーパミンが関与することを自発性瞬目率の測定から初めて示唆した。
持久力と認知機能は、ともに身体活動に依存して増減する一方、ドーパミンは自発的な身体活動の調節因子として働く。つまり、ドーパミン神経をうまく賦活できれば、持久力と認知機能の協調的発達が望めるという仮説が見えてくるという。将来、「瞬き」をバイオマーカーとした運動プログラム作りが人類の不活動問題の解消に一役買うことになるかもしれない、と研究グループは述べている。
一方、ドーパミン神経が過剰に活性化して瞬きが非常に多くなる場合、逆に認知機能が低下することを示唆した報告もある。研究グループは今後、健常な若齢男性だけでなく、性別や年齢が違った母集団や疾患者でも同様に検証していく必要があるともに、この研究を足がかりとして詳細な脳内機構解明に挑んでいく予定だとしている。
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