新しい作用標的をもつ難治性てんかん薬の開発は喫緊の課題
東北大学は1月29日、神経細胞の過剰な興奮によってアストロサイトの機能に可塑的な変化が誘導され、脳内イオンバランス機構が乱れることで、てんかんの重篤化が進むことを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院生命科学研究科の小野寺麻理子博士後期課程学生(日本学術振興会特別研究員)、松井広教授、ドイツのハインリッヒ・ハイネ大学のChristine Rose 教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Journal of Neuroscience」にEarly Releaseとして掲載されている。
画像はリリースより
てんかんとは、脳の神経細胞が過剰に興奮し、発作をおこす疾患。てんかん発作を繰り返すことで、より重篤なてんかんに発展することも知られている。全人口の約1%がてんかんを患い、患者の約 30%は、神経細胞を標的とする既存の薬が効かない難治性てんかんに苦しんでいる。そのため、新しい作用標的をもつてんかん薬の開発は喫緊の課題となっている。
脳内アストロサイトのK+クリアランス機構の破綻メカニズムは不明だった
脳の中には、神経細胞の他にグリア細胞がある。神経細胞が興奮すると、神経細胞の細胞内から細胞外にカリウムイオンが排出されることが知られている。このカリウムイオンは、神経細胞に興奮性の作用を及ぼすので、カリウムイオンがいつまでも細胞外に停留したままだと、神経細胞の過度な興奮状態が持続する。脳内アストロサイトには、細胞外カリウムイオンを除去する機能(K+クリアランス)が備わっており、健常な脳内環境を保持するのに役立っている。このK+クリアランス機構により、増加した細胞外のカリウムイオンは、まずはアストロサイトに取り込まれる。隣り合うアストロサイト同士の細胞質はギャップ結合でつながっている。アストロサイトに取り込まれたカリウムイオンは、アストロサイト同士のネットワーク内部を濃度勾配に従って移動して除去される。K+クリアランス機構が破綻した状態で、神経細胞がいったん過度に興奮すると、この興奮を止めることができなくなると考えられる。
てんかん病態が増悪する要因のひとつとして、K+クリアランス機構の破綻が想定されていたが、アストロサイトの何がどのように変化して K+クリアランス機構が破綻するのか、そのメカニズムは不明だった。
神経細胞の過剰興奮<アストロサイト機能変化<K+クリアランス障害
今回、研究グループは、実験動物(マウス)の脳における細胞内外のイオン動態を、電気生理学的手法やイメージング法を用いて計測した。
実験的に、てんかん様の過剰興奮を誘導すると、(1)アストロサイトに発現する Na+/HCO3-共輸送体(NBC)が働いて、細胞内にアルカリ性のイオンであるHCO3-が取り込まれることで、細胞内のpHがアルカリ化することが示された。また、(2)この細胞内のアルカリ化に伴って、アストロサイト同士を結ぶギャップ結合が閉鎖され、それにより、(3)K+クリアランスが障害されることが明らかになった。
アストロサイト機能変化を薬理学的に抑制で、マウスてんかん発作の重篤化を阻止
さらに、細胞内がアルカリ化するメカニズム(1)を薬理学的に阻止すると、(4)てんかん様の神経過剰興奮を防ぐことができると細胞・組織レベルの研究で明らかになり、また、生きたマウスの脳内に薬物を投与する実験においてはてんかん発作の重篤化を防止できることも確認された。
今回の研究では、NBCを特異的に阻害する薬物を用いることで、てんかんの重篤化におけるNBCとアルカリ化の役割を探った。しかしながら、同様の作用を持つ薬物をヒト臨床で使う上には、血管脳関門を通過できる薬物の開発、安全性の確認、標的分子特異性を高めるなど詳細な検討が必要となる。研究グループは、「将来的には、アストロサイトを標的とした新規てんかん治療戦略が確立されることが期待される」と、述べている。
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・東北大学 プレスリリース