弓状核キスペプチンニューロンが卵胞発育を司る繁殖中枢と証明
生理学研究所は1月26日、先天的不妊モデル動物の繁殖能力を回復させることに成功し、弓状核キスペプチンニューロンが卵胞発育を司る繁殖中枢であることを証明したと発表した。この研究は、名古屋大学大学院生命農学研究科の長江麻佑子大学院生、束村博子教授、上野山賀久准教授、井上直子講師ら、同研究所遺伝子改変動物作製室の平林真澄准教授、同ウイルスベクター開発室の小林憲太准教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」オンライン版に掲載されている。
画像はリリースより
ヒトや家畜を含む哺乳類の繁殖機能は、本能行動を司る脳の視床下部領域に存在するニューロンによって制御されている。2003年のヒトの不妊症に関する研究を契機として、視床下部の新たな神経ペプチド「キスペプチン」が、性腺刺激ホルモン放出ホルモンニューロンを刺激する最も重要な因子として発見され、哺乳類の繁殖機能を制御する脳内メカニズムが明らかにされつつある。
研究グループは今回、遺伝子改変ラットとアデノ随伴ウイルスベクターを駆使して、視床下部の2群のキスペプチンニューロンのうち、弓状核と呼ばれる領域に局在するニューロン群が繁殖機能において最も重要であり、性腺刺激ホルモン放出ホルモンのパルス状分泌を駆動させる神経機構の本体、すなわち卵胞発育を司る繁殖中枢であることを証明した。
弓状核キスペプチンニューロンは、キスペプチンの他にニューロキニンBとダイノルフィンAを合成、分泌することから、それぞれの神経ペプチドの頭文字をとってKNDyニューロンとも呼ばれている。
黄体形成ホルモンのパルス状分泌回復、排卵可能なサイズにまで卵胞発育
今回の研究では、先行研究により作製した先天的不妊モデル動物(全身性キスペプチン遺伝子ノックアウトラット)の視床下部の弓状核領域に、アデノ随伴ウイルスベクターを用いてキスペプチン遺伝子を強制的に発現させた。
導入したキスペプチン遺伝子と内因性のニューロキニンB遺伝子の共発現を指標として、弓状核においてKNDyニューロンが復元できたことを確認。2割以上のKNDyニューロンを復元できたラットにおいて、性腺刺激ホルモンの1種である黄体形成ホルモンのパルス状分泌が回復し、卵胞を排卵可能なサイズにまで発育させることに成功した。
不妊治療への応用に期待
また、後天的にキスペプチン遺伝子をノックアウトできるラット(Kiss1-floxedラット)の作製にも成功。同ラットにおいて、繁殖機能は正常だが、後天的にアデノ随伴ウイルスベクターを用いて遺伝子組換え酵素Creリコンビナーゼを強制的に発現させ、KNDyニューロンのキスペプチン遺伝子を喪失させると、視床下部のもう一方のキスペプチンニューロンが残存しても、黄体形成ホルモンのパルス状分泌が消失したという。
これらの結果から、弓状核キスペプチンニューロンすなわちKNDyニューロンが性腺刺激ホルモンのパルス状分泌を制御し、卵胞発育を司る繁殖中枢であることを証明したとしている。
家畜の繁殖障害の約50%、ヒトの不妊症の約25%は、視床下部の繁殖中枢の機能不全によると考えられている。今回の研究の成果は、家畜の繁殖障害やヒトの生殖医療における不妊治療などへの応用が期待される、と研究グループは述べている。
▼関連リンク
・生理学研究所 プレスリリース