福岡市で初診時急性脳症を疑われた9か月男児の経過報告
国立感染症研究所は1月26日、2020年6月に福岡市において、初診時、急性脳症を疑われた9か月の男児における乳児ボツリヌス症の経過報告を公表した。この報告は、九州大学病院小児科の園田有里氏、一宮優子氏、鳥尾倫子氏、實藤雅文氏、酒井康成氏、同院神経内科の入江剛史氏、田中弘二氏、福岡市東保健所の塚本あすみ氏、山本信太郎氏、衣笠有紀氏、福岡市保健環境研究所保健科学課の阿部有利氏、日髙千恵氏、国立感染症研究所細菌第二部の加藤はる氏、妹尾充敏氏によるもの。
乳児ボツリヌス症は、ボツリヌス菌(Clostridium botulinum)の芽胞を吸入・嚥下することを原因として0歳の乳児に発症する疾患で、脳神経系から始まる対称性、下降性の弛緩性まひ、散瞳、便秘などの副交感神経遮断症状を特徴とする。
急性脳症を疑われ九大病院へ転院も、脳波などに異常なく細菌学的検査へ
症例は9か月男児。周産期歴、既往歴に特記事項なし。第1病日より体動が減り、第3病日に便秘が出現した。第6病日より経口摂取量が減少し、眼瞼が下垂したため、第7病日に急患センターを受診した。血液検査では血糖63mg/dLと正常下限であった以外に異常なく、精査のため前医へ入院した。前医での診察時、開眼しているものの、哺乳できず、四肢の自発運動が乏しいことから急性脳症を疑われ、同日、九州大学病院へ転院搬送された。
九州大学病院へ搬送時、あやすと笑うものの、哺乳はできず、寝返りできない状態であった。瞳孔は両側3mm、対光反射は緩慢であった。筋力は軽度低下し、深部腱反射は減弱していた。脳波検査、髄液検査および頭部MRIに異常なく、急性脳症は否定的であった。眼瞼下垂と筋力低下および便秘症状が持続することからボツリヌス症が疑われ、同院を管轄とする福岡市東保健所に連絡が入り、第10病日に採取した糞便検体および第11病日に採血した血清検体において、細菌学的検査が行われた。
反復筋電図検査にて50Hz刺激でwaxingが認められた。抗アセチルコリン抗体、テンシロン試験いずれも陰性だった。
行政検査で乳児ボツリヌス症と確定診断、蜂蜜摂取歴なし
福岡市東保健所は、乳児ボツリヌス症疑い症例の連絡を受け、福岡市保健環境研究所や感染研と相談の上、患児の血清と糞便の採取を医療機関に依頼した。福岡市東保健所が、福岡市保健環境研究所へ検体を輸送し、福岡市保健環境研究所から、国立感染症研究所へ行政検査依頼がなされた。第10病日採取の糞便検体において、マウス試験によりA型ボツリヌス毒素およびA型ボツリヌス毒素産生性ボツリヌス菌が検出された。血清検体(第11病日に採血)からのボツリヌス毒素は陰性であった。第58病日採取の糞便検体では、ボツリヌス菌は検出されなかった。
行政検査の結果、乳児ボツリヌス症と確定診断され、福岡市東保健所は、医療機関から提出された発生届を受理した。なお、蜂蜜摂取歴はなかった。
経過中、呼吸障害なく、経管栄養を継続した。神経症状は緩徐に改善し、第17病日に経管栄養を中止し、第18病日に退院した。退院後、福岡市東保健所は、二次感染予防として、患児の保護者に患児の排泄物の取り扱いなどの指導を行った。第45病日、座位を保てるようになり、発症前の発達レベルに回復した。保育園入園を検討していたこともあり、第58病日の糞便検体で再検査が行われた。
対光反射が保たれていたのは全体的に軽症だったためと考察
乳児では、意識障害と、筋力低下の鑑別はしばしば困難である。急性脳症を疑われ、脳波検査やMRIで異常を認めない場合、ボツリヌス症を鑑別する必要がある。通常、ボツリヌス症では散瞳を指摘されることが多いが、今回の症例では対光反射が保たれていた点が非典型的であった。これは、全体的に症状が軽度であったためと推測された。また、九州大学小児科では過去10年に2例のボツリヌス症を診断した経験から、保健所、福岡市保健環境研究所および感染研との連絡を円滑に進めることができ、早期診断が可能であった。
▼関連リンク
・国立感染症研究所 病原微生物検出情報(IASR)