どういった難聴患者に対して腫瘍の可能性を考えた検査を行うべきか?
慶應義塾大学は1月22日、聴神経腫瘍に関連して発症した急性難聴に関する多施設共同後ろ向き観察研究により、反復再発により難聴の治癒率が低下すること、1年間に25%の患者に再発がみられることを明らかにしたと発表した。この研究は、同大医学部耳鼻咽喉科学教室の大石直樹専任講師と国立病院機構東京医療センター聴覚障害研究室の和佐野浩一郎室長らの研究グループによるもの。研究成果は、「Scientific Reports」電子版に掲載されている。
画像はリリースより
聴神経腫瘍は、脳と内耳をつなぐ内耳道内に発生する脳腫瘍の一種。内耳道には「聴覚を伝える蝸牛神経」「平衡感覚を伝える前庭神経(2本)」「顔の表情を動かす顔面神経」の4本の重要な神経が走行している。腫瘍自体は下前庭神経から発生することが多いが、隣接するそれぞれの神経に影響して、難聴、めまい・ふらつき、顔面神経麻痺などさまざまな症状を呈する。分類上は脳腫瘍だが、耳鼻咽喉科が主に扱う症状で発症することや耳の奥の構造物を越えて手術を行う場合もあり、診断や治療において脳神経外科に加えて耳鼻咽喉科が重要な役割を果たしている。症状が進行すると治療を行っても回復しないことや、腫瘍が大きくなると脳幹を圧迫することで生命にも影響が出ることがあるため、できるだけ早期に診断を受け、治療方針を検討しておくことが重要であると考えられている。
特に、難聴は一般的に珍しくない症状であることから、すべての難聴患者に対して腫瘍の可能性を考えた検査は行われない。聴神経腫瘍に関連した難聴はゆっくり進行する進行性難聴、急に発症する急性難聴、さらに難聴発作を繰り返す反復難聴などさまざまなタイプを呈する。
そのため、急性難聴のステロイド治療による治癒率、反復再発のパターン、聴力検査結果の特徴などの臨床情報を解析することで、どのような患者に対して腫瘍の可能性を考えた検査を行うべきなのかを明らかにできると考えられる。
急性難聴発作は反復再発で難聴治癒率が低下、1年間に25%の患者で再発
今回の研究では、稲城市立病院、慶應義塾大学病院、国立病院機構東京医療センター、済生会宇都宮病院、静岡赤十字病院、日野市立病院、平塚市民病院(50音順)の7医療機関において、77症例のべ107回の急性難聴発作に関する詳細なデータを収集した。これは、これまで世界中から報告されている論文の中では最も多くの症例数を扱ったデータだという。それらのデータを基に、統計学的な解析を行った。
その結果、急性難聴発作は反復再発に伴い治癒率が有意に低下すること、初回の急性難聴から数えて1年間あたり25%の患者に難聴が再発することが明らかになった。
聴神経腫瘍関連の急性難聴、突発性難聴より治癒率高く、若く発症
一般的に突然発症する感音難聴は急性感音難聴と呼ばれており、その原因としては同研究のテーマである聴神経腫瘍に伴う難聴に加え、強大音の曝露に伴う音響外傷、内耳に瘻孔を生じたことによる外リンパ瘻、おたふくかぜ(流行性耳下腺炎)の原因ウイルスであるムンプスウイルスへの感染によるムンプス難聴などが挙げられる。しかし、原因が明らかでない難聴の場合が多く、原因の精査を十分に行っても原因不明である急性難聴を突発性難聴と診断する。
研究グループの研究成果を、突発性難聴に関する過去の報告と比較し検討することで、聴神経腫瘍に関連する急性難聴の特徴を解明した。
まず、突発性難聴の治癒率41.2%(1317/3194)と比べて、聴神経腫瘍に関連する急性難聴の初回発作の治癒率は53.5%(38/71)であり、治癒率が高い傾向であった。
続いて、突発性難聴の発症年齢54.2歳(標準偏差17.0)と比べて、聴神経腫瘍に関連する急性難聴の初回発作の発症年齢は48.9歳(標準偏差14.2)であり、発症年齢が有意に若いことが明らかになった。
最後に難聴のタイプについては、突発性難聴での谷型の聴力型を示す割合10.9%(90/828)と比べて、聴神経腫瘍に関連する急性難聴では41.1%(30/73)と、谷型を示す割合が有意に多いことがわかったという。
急性感音難聴、「発症年齢が若い」患者で「谷型の聴力型」などでは、聴神経腫瘍の除外診断を提唱
病歴や症状の詳細な聴取とともに、聴神経腫瘍の診断にはMRIなどの検査を行う必要がある。そのため、急性感音難聴の診療に当たってはMRIなどの検査が推奨されているが、全例で検査は行われていない。実際には、聴神経腫瘍に関連する難聴であったにも関わらず、適切な検査が行われなかったために、診断の遅延、難聴の再発・進行、腫瘍の増大を来たす症例をしばしば経験しているのだという。
厚生労働省特定疾患急性高度難聴調査研究班により突発性難聴の年間罹患率は10万人あたり60.9人(2012年調査)、治療を受けるのは27.5人(2001年調査)と報告されており、1年間に日本国内で7万人程度が発症し、3万5,000人程度が治療を受けていると推測される。患者数が比較的多いことや検査へのアクセスが限定される医療機関も少なくないことから、全例で詳細な検査を行うのは困難であることが予想されるが、急性感音難聴と診断された場合、特に「発症年齢が若い」患者で「谷型の聴力型」を呈し、ステロイド治療で「治癒した」症例に対しては、症状が他の病気が原因ではないことを確認するため、MRIなどの検査による聴神経腫瘍の除外診断が重要であることを提唱している。
今回の研究成果により、急性感音難聴、突発性難聴、聴神経腫瘍を取り巻く診療内容が向上し、多くの患者が早期に正しい診断を受けた上で適切な治療を選択できることが期待される、と研究グループは述べている。
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