咬合感覚に関する中枢神経系の機能異常について研究
福岡歯科大学は1月14日、調整を繰り返しても歯のかみ合わせがいつまでも合わないPhantom bite syndrome(PBS)の患者で、脳活動パターンの微妙な乱れがあることを初めて明らかにしたと発表した。これは、同大総合歯科学講座高齢者歯科学分野の梅﨑陽二朗准教授、内藤徹教授らの研究グループと、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科・歯科心身医学分野の豊福明教授らの研究グループとの共同研究によるもの。研究成果は、「Neuropsychiatric Disease and Treatment」に掲載されている。
画像はリリースより
歯並びの矯正や義歯の治療の後、歯科医院で何度調整を繰り返しても改善しない、かみ合わせに関する強い違和感が続いてしまう患者は、40年以上前からPhantom bite syndromeと呼ばれてきた。差し歯やかぶせものなどの義歯の調整・再作製、仮歯の調整などの通常の歯科処置では解決せず、何度も治療を繰り返した挙句、最終的に「上手な歯科医師」「名医」を求めて、いわゆるdental shoppingに陥ってしまうことが多いとされる。かみ合わせに関連して、「姿勢が傾く」「頭が重い、ボーッとする」「背中が痛む」といった原因の特定できない全身的症状を伴うこともしばしばある。
一方、歯科医師側も、患者の「かみ合わせが高い」という訴えに応じて歯を削ったり、高さが低い場合にはレジン(歯科用プラスチック)を盛り足したりなど、何とかしようと歯科処置を繰り返すが、結局かえって症状を悪化させてしまい、「もうこれ以上は治療できない」というところまで追い込まれてしてしまう。以前は顎関節症の範疇に含まれていたが、現在は専門家の診断基準が変更され、大学病院などでも顎関節症ではないなどと治療自体が敬遠されるようになっている。
近年、このような患者で、咬合感覚に関する中枢神経系の機能異常が生じていることが示唆されてきたが、これまで体系的な研究がされておらず、具体的に脳のどの部分で不調が起きているのかは不明なままだった。
左右どちらかに歯の違和感が残る患者、違和感と同側の頭頂葉の活動が反対側よりも多い
研究グループは、放射性同位元素の99mTc-ECDを用いた脳血流single photon emission computed tomography(単一光子放射型コンピュータ断層撮影、SPECT)を行い、患者特有の脳活動パターンを探索した。44人のPBS患者の脳のいろいろな部位の血流の状態をSPECTで検査し、まずは12人の健康な歯科患者と比較した。患者と健常者との直接比較ではきれいな差が見出せなかったことから、PBS患者について併存する精神科疾患の有無で分類して比較したが、やはり明らかな脳活動パターンの差は認められなかった。
しかし、かみ合わせの違和感のある歯の場所(左右)によって検討すると、左側にかみ合わせの違和感がある患者では、うつ病を患っていた人が多いことがわかった。さらに、違和感のある歯の位置を右側/左側/両側に分類し、脳活動の状態に差があるかを検討した。その結果、左右どちらかに歯の違和感が残る患者では、違和感と同側の頭頂葉の活動が反対側よりも多くなっていることがわかった。一方、視床では、歯の違和感と反対側の脳活動が、同側よりも増加していることがわかった。
以上の結果は、PBS患者が感じる「歯のかみ合わせの違和感」には、統合失調症などの精神疾患や口腔セネストパチーのそれとは異なった、微妙な脳の機能異常が潜んでいる可能性を示唆している。
「益の少ない歯科治療の繰り返し」に悩む患者、歯科医師の解決の糸口に
今回の研究から、PBS患者では、かみ合わせの違和感のある同側の前頭葉や頭頂葉での活発な脳活動と、反対側の視床での活発な脳活動が生じていることが明らかになった。すなわち、歯の部位に応じて脳活動の微妙なアンバランスが生じていることが示唆された。これらの結果は、PBSの患者が「神経質」や「気にしすぎ」で症状を訴えている訳ではなく、中枢(脳)におけるごくわずかな機能異常が「かみ合わせが合わない」原因となっている可能性を示している。
患者は直感的に「歯そのものを削ったり盛ったりして調整しないと、絶対に症状が改善しない」と考えがちだが、かみ合わせが“高い、低い”などの違和感の原因が、歯の形態や当たり方そのものよりも、「脳でそう感じるエラーが生じている」ためである可能性がある。「かみ合わせの違和感の原因を、脳のシステムエラーまで射程を広げて再検討することで、余計に歯を削ったり、義歯を作り直したりといった益の少ない歯科治療の繰り返しやDental shoppingから、患者を救済できる可能性が高まることが期待される」と、研究グループは述べている。
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・福岡歯科大学 プレスリリース