「主観的幸福感」と「共感性」の相関関係の基盤となる脳機能は?
京都大学は1月8日、幸福感と共感性を関連付ける安静時における脳機能ネットワークを解明したと発表した。この研究は、同大大学院人間・環境学研究科の月浦崇教授らと、米国ノースイースタン大学の勝見祐太博士研究員およびイリノイ大学のFlorin Dolcos准教授らとの共同研究グループによるもの。研究成果は、「NeuroImage」にオンライン掲載されている。
画像はリリースより
主観的幸福感とは、日々の生活の情動的体験や満足感の主観的評価のことを指し、高いポジティブ感情と低いネガティブ感情とが関係している。主観的幸福感の高い個人は健康状態も良く、比較的寿命も長くなり、社会的関係性も改善され、仕事に対する満足感や能率も向上することがわかっている。先行研究では、主観的幸福感は他者への共感性と関連することが報告されてきたが、これらの結果は行動実験や質問紙から得られたものであり、具体的にどのような脳機能がこの相関関係の基盤となるのかは明らかにされていなかった。
ボクセル間の機能的結合性のパターンを低次元化し、主観的幸福感と共感性の要素に関連する脳領域をより包括的に同定
今回、共同研究グループは、日本人の若年者(大学生・大学院生、女子のみ、平均年齢21.67±1.79)を対象に、主観的幸福感と共感性の指標が安静時における脳機能とどのように相関するのかを分析した。主観的幸福感と共感性は、それぞれSubjective Happiness ScaleとInterpersonal Reactivity Indexという質問紙の日本語版を用いて計測。共感性は、「個人的苦痛」「共感的関心」「視点取得」「想像性」という4つの側面に分類し、これらを独立変数とし、主観的幸福感を従属変数とした重回帰分析を実施した。
安静時における脳機能は、京都大学こころの未来研究センター連携MRI研究施設に設置されている3テスラMRI装置を用いて、機能的磁気共鳴画像法(fMRI)によって計測。5分間の安静時から得られたfMRIデータは、前処理の後に「機能的結合性マルチボクセルパターン解析(functional connectivity MVPA)」という手法を用いて解析した。脳内における全てのボクセル間の機能的結合性のパターンを低次元化することで、主観的幸福感と共感性の要素に関連する脳領域を、より包括的に同定することが可能になった。
共感性に関するネガティブな自己志向が低い人ほど主観的幸福感高く、安静時脳機能ネットワークの機能的結合性が重要
その結果、主に以下の3点が明らかになった。1つ目は、行動データにおける重回帰分析モデルの結果。ここでは、主観的幸福感は個人的苦痛(共感性の要素で、他者の苦痛に対し動揺などの自己志向の感情反応を示す度合い)と負の相関を示すことがわかった。2つ目は、主観的幸福感と個人的苦痛のスコアがそれぞれ示す安静時機能的結合性との相関についての結果。まず、主観的幸福感は左背外側前頭前皮質(dlPFC)と前頭頭頂ネットワーク(FPN)をはじめとする脳機能ネットワークとの結合性と正の相関を示し、デフォルトモードネットワーク(DMN)をはじめとする脳機能ネットワークとの結合性とは負の相関を示した。これとは逆に、個人的苦痛は内側前頭前皮質(mPFC)とDMNを含むネットワークとの結合性と正の相関を示す一方で、FPNを含むネットワークとは負の相関を示すことが明らかになった。これらの結果から、主観的幸福感と個人的苦痛は、ともに前頭前皮質と脳の大規模ネットワークとの機能的結合性との間に、それぞれが対照的なパターンを示しつつ相関することがわかった。3つ目は、前述の結果を踏まえて行った媒介分析の結果。ここでは、主観的幸福感と個人的苦痛の相関は、dlPFCとDMNやFPNをはじめとした脳機能ネットワークとの結合における個人差によって媒介されることが確認された。
これらの結果は、共感性に関するネガティブな自己志向が低い人ほど主観的幸福感が高く、この基盤として安静時の脳内ネットワークにおける機能的結合性が重要であることを示唆しているという。
神経科学的にこころの働きを理解することで、生物学的に重要な意味をもつ社会的要因の解明につながる可能性
今回の研究成果は、主観的幸福度と共感性の関連性が、安静時における脳機能ネットワークの動態を基盤に生起することを、最新のfMRIデータ解析技術により示した画期的な認知神経科学的研究である。
「こころの働きは、従来は質問紙などを通した心理学的なアプローチでしか理解することが難しかったが、神経科学の目を通して科学的に理解することで、私たちのウェルビーイングの向上に対して、どのような社会的要因が生物学的に重要な意味をもつのかを解き明かすことができるようになるかもしれない」と、研究グループは述べている。
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・京都大学 研究成果