転移性骨腫瘍、少量ビスホスホネートでの薬剤送達システム実用化に向けて
産業技術総合研究所は1月7日、破骨細胞の抑制剤を内包したナノ複合体を開発したと発表した。この研究は、同研究所ナノ材料研究部門ナノバイオ材料応用グループの中村真紀主任研究員、CNT機能制御グループの湯田坂雅子客員研究員ら、信州大学先鋭領域融合研究群バイオメディカル研究所の齋藤直人所長らの研究グループによるもの。研究成果は、「ACS Applied Materials & Interfaces」にオンライン掲載されている。
画像はリリースより
骨を作る骨芽細胞と骨吸収する破骨細胞がバランス良く働くことにより、健康な骨が維持される。一方、骨に到達したがん細胞が増殖して転移性骨腫瘍を形成すると、破骨細胞が活性化されて骨吸収が進行するため、骨がもろくなり骨折や強い痛みを生じるなど患者のQOLが著しく低下する。また、壊された骨からがんを増殖させるタンパク質が放出され、がんが進展する。
破骨細胞抑制剤ビスホスホネートは、骨の表面に強く吸着し、骨の成分と共に破骨細胞に取り込まれて細胞死を誘導する。破骨細胞が減ると骨吸収が抑えられ、骨の破壊や痛みの軽減と同時にがん細胞の増殖抑制も期待できる。一方、ビスホスホネートは静脈内に投与されるため、全身循環による重篤な副作用の発生も報告されており、少量のビスホスホネートで効果が出る薬剤送達システムの実用化が望まれている。
カーボンナノホーン薬剤運搬体/ビスホスホネート複合化で、効果増と副作用減を目指す
産総研では、直径100nm程度の球状構造で物質吸着能力も高いカーボンナノホーン集合体が薬剤送達システムの薬剤運搬体として有用と考え、これまでに薬剤送達システムへの応用に適したカーボンナノホーンの表面修飾技術や薬剤複合化技術を開発してきた。また、骨の主要無機成分であり、優れた生体親和性を示すリン酸カルシウムのナノメートル~サブマイクロメートルサイズの粒子が薬剤運搬体として有用と考え、薬剤や抗菌剤などとの複合粒子作製技術を開発してきた。
一方、信州大では、カーボンナノチューブなどのナノカーボン材料を用いた破骨細胞抑制剤の研究・開発を進めてきた。
今回の研究では、カーボンナノホーンを薬剤運搬体とし、ビスホスホネートと複合化させることで、効果の増加と副作用の軽減を目指した。
転移性骨腫瘍治療への応用に期待
今回、低毒性で破骨細胞への取り込みに適したサイズであるカーボンナノホーン集合体を薬剤運搬体として用いた。産総研の持つカーボンナノホーンの表面修飾・薬剤複合化技術やリン酸カルシウムの複合粒子作製技術を応用し、リン酸カルシウムを仲介させてカーボンナノホーンとビスホスホネートの一種であるイバンドロネートを複合化させることにより、破骨細胞抑制剤内包ナノ複合体(ナノ複合体)を作製。強力な疎水基を持たないイバンドロネートは、疎水性の高いカーボンナノホーンにほとんど吸着せず直接複合化することができないため、イバンドロネートと親和性の高いリン酸カルシウムを仲介させることで複合化を実現できたという。
カーボンナノホーンとイバンドロネートをリン酸カルシウムの原料となるイオン水溶液(カルシウムイオンやリン酸イオンなどにより構成)に添加すると、カーボンナノホーン、イバンドロネート、リン酸カルシウムの3成分から成る破骨細胞抑制剤内包ナノ複合体を得ることができた。
信州大では、破骨細胞のモデルとなる細胞を培養し、それに今回開発したナノ複合体分散液を添加してナノ複合体の細胞への影響を評価。ナノ複合体は細胞内に多く取り込まれ、細胞生存率を低下させる細胞抑制効果を示した。添加したナノ複合体に含まれるのとほぼ同濃度のカーボンナノホーンやイバンドロネートを単独で添加しても細胞抑制効果は見られなかったことから、複合化によってイバンドロネートの破骨細胞抑制効果が増加したといえるという。
細胞内に取り込まれたナノ複合体はリソソームという器官に集積する。リソソーム内部は弱酸性に保たれており、中性から弱酸性環境になるにつれて溶解性を増すリン酸カルシウムがリソソーム内で徐々に溶解し、イバンドロネートを放出、破骨細胞の細胞死を引き起こしたと考えられる。従って、今回開発したナノ複合体を転移性骨腫瘍部位に局所投与すれば、がん細胞により活性化された破骨細胞に積極的に取り込まれ、少量で効率的にイバンドロネートによる破骨細胞抑制効果を発揮すると予想され、また、全身性の副作用の軽減も見込まれるため、転移性骨腫瘍治療への応用が期待されるとしている。
今後、動物実験などによる効果検証を予定
研究グループは今後、動物実験などによる効果の検証を行い、それらの検証をもとに破骨細胞抑制剤内包ナノ複合体の構造および組成についてさらなる最適化を図り、より効率的に破骨細胞に取り込まれるように改良を目指すという。
また、使用するビスホスホネートの種類なども検討して薬効を向上させ、臨床応用を目指すとしている。
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・産業技術総合研究所 プレスリリース