異常翻訳産物を分解する品質管理機構ROC、ヒトでの仕組みは不明だった
東北大学は1月7日、遺伝子発現の間違いにより産生される異常タンパク質にはCATテイルとよばれる目印が付加されることを、ヒト細胞において初めて明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院薬学研究科の稲田利文教授と宇田川剛助教、産業技術総合研究所の夏目徹主席研究員と足達俊吾研究員、同大薬学研究科の松沢厚教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Cell Reports」にオンライン掲載されている。
画像はリリースより
遺伝子発現は生命現象の根幹であり、DNAからmRNAが転写され、タンパク質へと翻訳される過程は正確に進行すると一般的には考えられている。しかし、実際には遺伝子発現の過程では高頻度のエラーが生じることが報告されており、遺伝発現のエラーによって生じたmRNAからは本来とは異なるタンパク質が産生される可能性がある。そのような異常タンパク質の蓄積は細胞に有害な影響を及ぼす可能性があり、神経変性疾患やがん、生活習慣病などの疾患を発症するリスク要因となる。生体にはこのような異常翻訳産物を分解する品質管理機構が備わっており、その1つとしてRQC(Ribosome-associated Quality Control)が近年注目されている。
RQCは翻訳装置であるリボソームがmRNA上でタンパク質を合成途中に停滞した際に誘導される新生タンパク質の分解機構であり、その分子機構はこれまで主に出芽酵母を用いて解明が進められてきた。RQCにより新生タンパク質が分解される過程では、新生タンパク質の末端にCATテイルとよばれる、アラニンとスレオニンからなるペプチドが付加され、この配列の付加により異常新生タンパク質が効率良く分解されることが知られている。一方で、RQCが破綻した際にはCATテイル化タンパク質が凝集体の蓄積を誘導することも報告されていた。しかしながら、異常新生タンパク質にCATテイルを付加する反応はこれまでヒトを含む哺乳類細胞では確認されておらず、品質管理機構の破綻により神経変性が発症する原因は不明なままだった。
CATテイルを持つ異常タンパク質がヒト神経細胞の正常な形成を阻害
今回、研究グループは、RQCにおいて異常タンパク質にCATテイルの付加が起こることをヒト細胞とマウス神経細胞を用いて明らかにした。また、この品質管理機構が機能不全に陥ると、CATテイル化されたタンパク質が凝集体を形成し、神経細胞の形態形成の阻害やプログラム細胞死を引き起こすことを明らかにした。
品質管理機構は遺伝子発現のエラーにより産生される異常タンパク質を認識し、分解する機構であり、その機能不全による異常タンパク質の蓄積は細胞内のタンパク質恒常性を破綻させる主要な原因の1つとなる。タンパク質恒常性の破綻は神経変性疾患をはじめとするさまざまなヒト疾患の発症のリスク要因となる。実際、異常mRNA上でのリボソームの停滞によって誘導される品質管理機構であるRQCの機能不全は進行性の神経変性と運動機能障害を引き起こすことが知られており、RQC因子の異常は神経筋疾患や自閉症の患者においても確認されている。研究グループは、「今回、RQCの機能不全による細胞障害の原因にCATテイル化タンパク質の蓄積が関わることが明らかにされたことで、これらの疾患の分子機序の理解につながることが期待される」と、述べている。
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