ブドウ糖代謝経路HBPの造血幹細胞における役割は?
横浜市立大学は1月6日、造血幹細胞の維持にブドウ糖(グルコース)を材料にしたタンパク質の修飾(糖鎖修飾)が重要であることを見出し、この糖鎖修飾をつかさどる酵素(O結合型β-N-アセチルグルコサミン転移酵素:OGT)を明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院医学研究科幹細胞免疫制御内科学の中島秀明教授と村上紘一研究員の研究グループは、同免疫学の田村智彦教授、同神経解剖学の船越健悟教授、慶應義塾大学医学部の岡本真一郎名誉教授、国立国際医療研究センター研究所の田久保圭誉プロジェクト長、東京大学医科学研究所の岩間厚志教授などの研究グループによるもの。研究成果は、「Cell Reports」に掲載されている。
画像はリリースより
造血幹細胞は、全ての血液細胞のもとになる細胞で、骨の中にある骨髄に存在している。造血幹細胞は細胞分裂によって毎日数千億個の白血球・赤血球・血小板を作り続けており、抗がん剤治療で血液細胞が減少した際や骨髄移植後などでは、さらに多くの血液細胞を産生するように働く。このように造血幹細胞は、血液の状態を一定に保つのに極めて重要な役割を担っている。
体内の造血幹細胞の数には限りがあり、分裂によってすべての造血幹細胞が成熟した血液細胞に変化すると、造血幹細胞は消失してそれ以上血液が作れなくなる。このため造血幹細胞は、分裂に際して自らと全く同じ細胞を複製し(自己複製)、それが分裂しないよう静止状態に留めておくことで、自らの数を維持している。
造血幹細胞の維持には、ブドウ糖をもとにした代謝システムが重要な役割を果たしていることが知られている。ブドウ糖の代謝経路としては解糖系からクエン酸回路につながる経路が有名だが、それ以外に解糖系から分岐するヘキソサミン生合成経路(HBP)と呼ばれる経路が存在。これは糖鎖であるN-アセチルグルコサミン(GlcNAc)の元になるUDP-GlcNAcを生成する経路で、これをもとに酵素OGTが、さまざまなタンパク質にGlcNAc基を付加する(GlcNAc修飾)。細胞に取り込まれたブドウ糖の2~3%がHBPで代謝されGlcNAc修飾に利用されるが、この経路の造血幹細胞における役割はこれまで不明だった。
OGT欠損マウス、白血球・赤血球・血小板が急激に減少
研究グループは、GlcNAc修飾の造血幹細胞における役割を明らかにするため、まず造血系におけるOGTの発現量とGlcNAc修飾を受けているタンパク質量を調べた。その結果、成熟した細胞に比べて造血幹細胞を含む未熟な造血細胞ではOGTの発現が高く、GlcNAc修飾を受けているタンパク質量も多いことが判明。このことから、OGTによるGlcNAc修飾は造血幹細胞で重要な役割を担っている可能性が示唆された。
続いてOGTをマウスの血液細胞全体で欠失させたところ、白血球・赤血球・血小板が急激に減少し、さらに骨髄では造血幹細胞や未熟な前駆細胞が広く失われることが明らかになった。このことは、OGTが造血幹細胞を維持するのに必須であることを示しているという。
また、OGTを欠失した造血幹細胞で何が起きているかを調べた結果、細胞を障害する活性酸素種が増加し、静止状態が失われ、アポトーシスによる細胞死が亢進していた。さらに細胞のエネルギー産生に重要なミトコンドリアが異常な形態を示しており、機能的に不良なミトコンドリアが蓄積していることも明らかとなった。
造血幹細胞の維持、OGTを介したマイトファジー制御が必須
造血幹細胞では、ミトコンドリアの質や量を適切に調節することが恒常性の維持に重要であるとされている。ミトコンドリアの質を保つのに重要なメカニズムとして、不良なミトコンドリアを除去するマイトファジーという仕組みが知られている。
研究グループは、前述のOGT欠損による不良ミトコンドリアの蓄積は、このマイトファジーの機能低下によるものではないかと考え、OGT欠損造血幹細胞におけるマイトファジーの状態を調べた。すると、マイトファジーの鍵となる遺伝子Pink1発現が著しく減少しており、これが原因でマイトファジーが機能しなくなっていることが明らかとなった。以上のことから、造血幹細胞の維持にはOGTを介したマイトファジー制御が必須であることが示された。
造血幹細胞移植法、白血病などの新規治療法開発に期待
OGTは、その活性が細胞内外のブドウ糖濃度によって敏感に変化するため、細胞の栄養センサーとも呼ばれており、OGTによるGlcNAc修飾は、発がんと密接に関わっていることも報告されている。これらのことから、今回の発見は造血幹細胞維持の新たなメカニズムを明らかにしただけでなく、栄養状態と造血幹細胞機能との関係や、血液がん発症のメカニズムにヒントを与えるものとして注目されるという。
将来的には、OGTやGlcNAc修飾を標的にすることで、新たな造血幹細胞移植法の開発や白血病などの新規治療法開発につながることが期待される、と研究グループは述べている。
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・横浜市立大学 プレスリリース