複雑な分子構造であるため、チャネル開閉に伴う運動の実時間計測はできていなかった
東京大学は12月15日、熱や痛みの伝達を司るTRPチャネルの1分子内部運動を、マイクロ秒オーダーで実時間計測することに世界で初めて成功したと発表した。この研究は、同大大学院新領域創成科学研究科物質系専攻の佐々木裕次教授、産業技術総合研究所先端オペランド計測技術オープンイノベーションラボラトリバイオ分子動態チームの三尾和弘ラボチーム長、藤村章子特別研究員、筑波大学計算科学研究センター生命科学研究部門 重田育照教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Journal of Physical Chemistry」にオンライン公開されている。
画像はリリースより
TRPチャネルは、ショウジョウバエの光応答変異株の原因遺伝子trpのホモログとして、哺乳類で発見された6回膜貫通型陽イオンチャネルで、4量体構造を取っていることが確認されている。温度、機械刺激、香辛料、酸-塩基といったさまざまな物理化学的刺激に対するセンサーとして働き、ヒトには27種類のホモログが報告されている。
2013年に、クライオ電子顕微鏡で膜タンパク質として初めて原子分解能構造が報告されるなど、モデルタンパク質としてよく知られているが、細胞膜を20回以上も貫通する複雑な分子構造であるため、チャネル開閉に伴う運動については、実時間計測に誰も成功していなかった。
TRPチャネルがカプサイシンと結合し、右回りねじれ運動を伴って刺激を伝えることを解明
研究グループは、静的な分子構造情報に加え、各溶液状態におけるTRP1分子の内部動態情報が、分子機構・解明に極めて重要であると考え、X線1分子追跡法(Diffracted X-ray Tracking:DXT)を用いて計測・解析を実施。その結果、カプサイシンが反応した際におけるTRPチャネルの分子内部ねじれ運動を可視化することに成功した。
DXT法は、直径約20ナノメートル(nm)の超微小金ナノ結晶をタンパク質分子の目的部位に化学標識し、運動(方位)をX線・ラウエ斑点の動きとしてマイクロ秒時分割追跡できる世界で唯一の量子プローブを用いた1分子動態計測だ。同技術は、1998年に東京大学佐々木教授によって考案・実証された。現在、DXT法は世界最高の精度と最高のフレームレートを誇る1分子動態計測技術で、多くの大型放射光施設から実験室レベルのX線光源を利用した計測まで幅広く利用され始めている。
研究では、TRPチャネルの細胞外領域を金ナノ結晶で標識し、SPring-8のエネルギーバンド幅の広いX線光源を用いて、1画面を100マイクロ秒の時間分解能でデータ取得を行った。得られたデータをねじれ運動と傾き運動の2つの回転軸に分解して解析した結果、活性化物質であるカプサイシンを添加した系では、チャネルを開ける動きとして右回りのねじれ運動が、また阻害剤を添加した系では、それと逆向きの運動が生じていることを実時間測定することに成功した。
得られたデータが極めて小さい運動であったため、実測時間毎に層別して解析し(ライフタイムフィルタリング法)、結晶構造を用いた理論計算により構造変化の詳細を推定することで、詳細な運動情報を得ることにも成功した。さらに、カプサイシンとは反応しない変異体タンパク質を使った実験からは、阻害剤を加えた時と同様のチャネルを閉める左回り回転運動が検出されるなど、リアルタイム計測においてTRPチャネルのダイナミックな動きを多面的に示すことができたという。
疼痛認識機構の理解や、新しい鎮痛剤の開発などに役立つ可能性
今回、ライフタイムでデータをグループ化することにより、従来観察してきたDXTとは異なる解析方法を採用。これまでは運動の大きさを中心にDXT結果の議論が進められていたが、この手法では初めて回転方向について極めて詳細な解析が可能となり、先行研究を裏付ける結果となった。また、DXT研究としても初めて理論計算と比較し、実験の正しさが証明された。
TRPチャネルはヒトの痛みのメカニズムに大いに関連しているため、これらの結果は疼痛認識機構の理解や、新しい鎮痛剤の開発等に役立つことが期待される。「27種あるTRPチャネルの中には、疾病の発症と密接に関係している分子も多いため、DXT計測を通した研究が、それらの治療薬開発に向けて広く貢献すると考えられる」と、研究グループは述べている。
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・東京大学大学院新領域創成科学研究科 記者発表