酸化ストレス除去能力を高めて加齢性難聴を予防できるか?
東北大学は12月15日、生体の酸化ストレス応答を担うタンパク質NRF2の活性化が、加齢性難聴の進行を抑制する効果があることを発見したと発表した。この研究は、同大加齢医学研究所・遺伝子発現制御分野の本橋ほづみ教授の研究グループが、同大学院医学系研究科・耳鼻咽喉・頭頸部外科学分野の香取幸夫教授らと共同で行ったもの。研究成果は、「npj Aging and Mechanisms of Disease」に掲載されている。
画像はリリースより
加齢性難聴(老人性難聴)は、加齢に伴ってみられる聴力低下であり、現代の超高齢社会において、その患者数はますます増加していくことが予想される。耳から入った音は鼓膜を伝わり、最終的に内耳の蝸牛という器官で受容されるが、加齢性難聴は、この蝸牛の加齢に伴う不可逆的な障害により生じる。一般的には、ヒトでは高音域から聴力低下が始まり、次第に、会話を行うために必要な音域である中音域に進行する。加齢性難聴の原因には、過去の騒音曝露や、内耳に障害を与える薬剤などの摂取、糖尿病や心血管疾患の罹患、遺伝的素因などの複数の因子が関与していると考えられている。なかでも最近の研究から、加齢性難聴における蝸牛の障害に、酸化ストレスの増加が深く関わることが明らかになってきている。そのため、内耳蝸牛における酸化ストレスを除去する能力を高めることで、加齢性難聴を予防できると考えられるが、これまでに確実な有効性を示す薬剤は開発されていない。
NRF2タンパク質は、酸化ストレス応答や解毒機構などの生体防御機構で主要な役割を果たしている転写活性化因子。そのためNRF2はさまざまな病気の予防に貢献することがわかっており、内耳に対する保護作用に関しては、NRF2の働きを一過性に強めることが騒音性難聴の予防に有効であることが報告されている。しかし、加齢性難聴という長期間の酸化ストレスの蓄積、障害によりもたらされる難聴の進行を、NRF2の活性化によって抑制できるかどうかは、これまで知られていなかった。
生体の酸化ストレス応答を担うNRF2が、マウスで加齢性難聴の進行を抑制
今回、研究グループは、NRF2の働きが全身で活性化されている遺伝子改変マウス(NRF2を抑制する働きを持つKeap1遺伝子を抑制したマウス:以下、Keap1変異マウス)を用いて実験を行った。若齢では、通常のマウスとKeap1変異マウスの聴力に違いは認められなかったのに対して、ヒトの高齢に相当する12か月齢のマウスでは聴力に違いが生じていた。12か月齢のマウスでは通常、加齢性難聴が進行し、内耳の外有毛細胞が脱落して聴力の低下が認められる。しかしKeap1変異マウスでは、特に低音域から中音域にかけての聴力がよく維持されており、これらの音域の受容を担う外有毛細胞の脱落も顕著に抑制されていることがわかった。Keap1変異マウスでは、通常のマウスで加齢に伴って認められる蝸牛の酸化ストレス蓄積が軽減されていた。これにより、外有毛細胞が保護されて加齢性難聴の進行が抑制されたと考えられるという。NRF2の活性化がもたらす抗酸化作用が、蝸牛の外有毛細胞に対して極めて強い保護効果を有することは、特に新しい知見だ。
今回の研究結果から、NRF2の活性化が加齢性難聴の進行予防に非常に有効であることがわかった。加齢に伴う生理的な酸化ストレスの増加・蓄積では、蝸牛におけるNRF2の活性化が十分に誘導されない。そこで、Keap1遺伝子の機能抑制により積極的にNRF2の活性化を誘導することで、加齢性難聴の進行を予防できることが明らかになった。臨床への応用として、加齢性難聴の比較的初期の段階から、NRF2誘導剤やNRF2活性化作用をもつ物質を投与することで、その難聴の進行が抑制できると期待される。これは高齢者のQOLを維持することに大きく寄与するといえる。加齢性難聴は、個人差はあるが、ほぼ避けることができない変化であり、その予防は極めて困難であると考えられてきた。今回の研究によって、NRF2を標的とした、蝸牛の酸化ストレスの抑制に基づく、加齢性難聴に対する新しい予防法の可能性が示された。
▼関連リンク
・東北大学 プレスリリース