1細胞レベルでの観察、従来法での成功率は約3割
新潟大学は12月9日、脳深部の単一神経細胞に遺伝子を導入する方法を開発したと発表した。この研究は、同大大学院医歯学総合研究科神経発達学分野の杉山清佳准教授、侯旭濱助教らの研究グループによるもの。研究成果は、「Frontiers in Neural Circuits」に掲載されている。
画像はリリースより
脳深部(中脳、視床、大脳辺縁系など)は、複数の脳領域に情報を伝達し、脳の高次機能を支える大切な領域として知られている。一方、脳深部の神経細胞は非常に多様で、たとえ隣り合った細胞であっても属する回路が異なるなど、いまだに未同定の神経回路が存在すると推測されている。近年、脳の表面にある大脳皮質においては、顕微鏡で観察しながら単一神経細胞に遺伝子を導入し、細胞が織りなす回路を可視化する方法が確立されてきた。しかし、脳深部においては、顕微鏡での観察が技術的に難しく、単一神経細胞への遺伝子導入はもとより、単一回路を可視化する方法も確立されていなかった。
脳の神経回路を網羅的に可視化することを目指したプロジェクトが世界中で進んでいるが、網目状に絡まる回路網から、単一神経細胞によって形成される単一回路を同定することは容易ではない。さらに、脳深部の神経回路は脳の高次機能に大切であるにもかかわらず、1細胞レベルでの観察を可能にする技術の開発は遅れている。現在までの提案の多くは、単一細胞にガラス電極を近づけて電圧をかける伝統的な手法(juxtacellular labeling)を基本とし、成功率は約3割に留まる。
遺伝子導入の成功率が8割以上に向上、専門的な技術や時間を要さず単一細胞の可視化と遺伝子解析が可能
そこで研究グループは今回、胎児への遺伝子導入法(in utero electroporation)を生後に応用。細胞にガラス電極を近づける代わりに、細胞周囲に遺伝子溶液を注入して電圧をかけることで、遺伝子導入の成功率を8割以上に向上させた。高い成功率は、新たなツールとして普及するための強みといえる。また、従来と比べて簡単な装置のみで行うことができ、専門的な技術や時間を要さないことも大きな利点として評価されている。
新たな単一細胞への遺伝子導入法(in vivo single-cell electroporation)は、脳深部の細胞に対して最も有効だ。従来のウイルスによる遺伝子導入法と異なり、単一細胞に複数の遺伝子を同時に導入することが可能なため、単一細胞の可視化と遺伝子解析を同時に行うことができる。そのため、1細胞レベルでのシナプスの観察や遺伝子の解析、単一回路の活動を操作して機能を解析するなど、形態・遺伝子・機能の側面からさまざまな研究が可能となる。新たなツールにより回路を的確に捉えることで、動物の行動と脳深部の神経回路の連携を観察できると期待される。
脳深部の回路マップ作成への貢献に期待
脳の神経回路のつながりを視覚的に観察することは、脳の仕組みを知る上で必須だが、複雑に絡み合う神経回路網の中から、どのように回路のつながりを見つけ出すのか、技術的な難しさがあった。その点で、単一神経回路を可視化する新たなツールは、回路を知るための早道を提供すると考えられる。今回、開発した遺伝子操作法を用いることで、シナプスを経由して移動するタンパク質を、単一神経回路に導入することが可能になった。これらのタンパク質を追跡することにより、単一回路からシナプスを経由してつながる他の回路を発見することができると思われる。また、回路の活動に応じて移動するタンパク質も知られており、単一回路の活動が他の回路に与える影響を観察することも可能だ。
「脳内には、いまだ明らかにされていない神経細胞・神経回路が複数ある。本研究が提案する、単一神経細胞の回路を効果的に可視化する技術は、脳深部の回路マップの作成に貢献すると期待される」と、研究グループは述べている。
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