どのようにしてダメージの回復に重要な「再髄鞘化」が起こるのか?
生理学研究所は11月27日、TRPV4と呼ばれるイオンチャネルが坐骨神経損傷後の回復に関わっていることを明らかにしたと発表した。この研究は、同研究所(生命創成探究センター)の富永真琴教授、高山靖規昭和大学講師、大野伸彦客員教授(自治医科大学教授)、兵庫医療大学 神田浩里助教、同大 戴 毅教授らの共同研究によるもの。研究成果は、「Communications Biology」に掲載されている。
画像はリリースより
神経細胞には電気信号を伝える軸索と呼ばれる突起があり、軸索の周りを包む髄鞘と呼ばれる絶縁体が高速な情報伝達を可能にしている。末梢神経細胞の髄鞘は、シュワン細胞と呼ばれる細胞が軸索を包むことによって形成されるが、何らかの理由で神経細胞がダメージを受けると、髄鞘が壊れ(脱髄)、電気信号が上手く伝わらなくなり、運動障害などの症状が現れる。
しかし通常は、シュワン細胞が再び髄鞘を形成し(再髄鞘化)回復することが可能だ。この再髄鞘化は、ダメージからの回復に非常に重要だが、どのようにして再髄鞘化が起こるのか、そのメカニズムはよくわかっていなかった。
シュワン細胞におけるTRPV4が神経損傷後に活性化、脱髄や再髄鞘化においても重要
研究グループはまず初めに、髄鞘を形成するために重要なシュワン細胞の特性を詳細に調べ、マウスから単離したシュワン細胞において、TRPV4というイオンチャネルの遺伝子・タンパク質が発現していることを見出した。そこで、野生型マウスとTRPV4欠損マウスにおいて、髄鞘関連タンパク質や髄鞘形成を比較したが差はなく、正常時の髄鞘形成にTRPV4は関与していないと考えられた。ところが、坐骨神経を切断した損傷モデルを作成すると、シュワン細胞でTRPV4の発現が急増。実際に、坐骨神経を損傷したマウスと健常なマウスの坐骨神経組織でTRPV4の電流を観察すると、神経損傷後の標本でのみTRPV4の応答を観察できた。これらの結果から、シュワン細胞におけるTRPV4は、神経損傷後に活性化することが明らかになった。
また、マウス組織におけるシュワン細胞でのTRPV4の発現を詳細に観察すると、すでに髄鞘形成が完了しているシュワン細胞ではなく、まだ髄鞘を形成していないシュワン細胞でTRPV4が発現していることがわかった。さらにTRPV4の発現は、神経損傷後の早い時期に増加することも明らかになった。これらの結果は、神経損傷後の脱髄と再髄鞘化に先立って、TPRV4の発現が増加することで、その後の脱髄や再髄鞘化にTPRV4が重要な働きをしている可能性を示唆している。
末梢神経傷害後、局所的にTRPV4を活性化させて回復を早めるという新規治療戦略に期待
そこで、TRPV4が神経損傷からの回復に寄与しているのかを検証するために、野生型のマウスとTRPV4欠損マウスにおいて、坐骨神経切断後の回復の違いを比較した結果、TRPV4欠損マウスでは、坐骨神経切断後に髄鞘関連タンパク質の減少が遅れ、回復も遅延していることがわかった。実際に、後肢の形もTRPV4欠損マウスでより回復が悪いことが明らかになったという。さらに、電子顕微鏡で観察すると、坐骨神経切断2か月後に損傷側では髄鞘がより薄いことも判明した。
以上のことから、坐骨神経切断後早期にシュワン細胞でTRPV4の発現が増加することにより、髄鞘断片の除去や再髄鞘化を促進し、回復に寄与しているものと考えられた。末梢神経損傷後にシュワン細胞のTRPV4を局所的に活性化させることは、神経障害からの回復を早める新規治療戦略につながるものと期待される。
今回の研究成果により、末梢神経傷害からの回復に、シュワン細胞に発現するTRPV4が重要な機能を果たしていることがわかった。「末梢神経傷害後に局所的にTRPV4を活性化させることで回復を早めることが期待でき、新たな治療戦略の一つになるものと期待される」と、研究グループは述べている。
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・生理学研究所 プレスリリース