メラトニンの脳内代謝産物AMKは学習・記憶形成にどう作用する?
東京医科歯科大学は11月24日、メラトニンの代謝産物であるAMKがマウスの長期記憶形成を促進することを突き止めたと発表した。この研究は、同大教養部生物学教室の服部淳彦教授と松本幸久助教の研究グループが、上智大学理工学部の千葉篤彦教授との共同研究として行ったもの。研究成果は、「Journal of Pineal Research」オンライン版に掲載されている。
画像はリリースより
加齢に伴う記憶障害や認知症の問題は、高齢化が進む日本において喫緊の課題だ。記憶力促進物質については世界中で探索が行われているが、残念ながら決定打となるようなものは見つかっていない。松果体から夜間に分泌され体内時計の調節因子として知られるメラトニンが、ヒトにおいて認知症を改善することはすでに報告されているが、それらはメラトニンの長期投与による抗酸化作用によるものだ。メラトニンは脳内においてN1-acetyl-5-methoxykynuramine(AMK)という物質に代謝されるが、この物質の機能についてはほとんどわかっていない。そこで研究グループは、AMKの学習・記憶形成に対する作用について検討を行った。
マウスに学習前後1回投与で長期記憶誘導、ヒトMCIや警察犬など幅広い応用に期待
研究グループは、マウスの学習・記憶に対するAMKの効果を、物体認識試験によって評価した。物体認識試験は、新しいものを好むというマウスの性質を利用した試験。2つの同じ物体を記憶させ、一定時間後に片方を新しい物体に入れ替えるという試験で、その時に古い物体を覚えていれば、新しい物体にひきつけられることになる。つまり、新しい物体を探索する時間、記憶スコア(Discrimination Index:DI値)を測定することで、記憶が形成されたかどうかがわかる。この試験は罰や報酬といった強い刺激を与えないことから、ヒトが日常経験する学習・記憶と類似した記憶であると考えられている。
マウスにAMKを投与し物体認識試験を行ったところ、学習前(1時間前から)、学習直後および学習後(2時間後まで)に1回投与するだけで、24時間後の長期記憶が形成されると判明。いくつかの実験から海馬(記憶に重要な脳の部位)において、メラトニンはAMKに変換されること、またこのAMKは、形成された短期記憶が消失しないうちに作用することで記憶を固定し、長期記憶への移行を促進する物質であることが明らかになった。また、マウスも加齢によって記憶力は顕著に低下していくが、AMKは老年マウスで低下した記憶形成能力を改善することもわかった。今回の結果は、メラトニンには抗酸化作用による記憶障害の抑制効果がある一方、AMKに変換されて長期記憶を誘導する作用があることを示している。
今回の研究によって、メラトニンの代謝産物であるAMKは長期記憶形成に重要な因子であることがわかった。メラトニンは海外では体内時計を同調するサプリメントとして広く利用されており、ヒトにおいて副作用がほとんどないことがわかっている。高齢者の生活の質(QOL)の向上においては、記憶障害の改善は重要な問題だが、AMKは加齢に伴う記憶障害や認知症の前段階とされる軽度認知障害(MCI)における学習・記憶の改善薬として用いられることが期待される。また、学習後の1回の投与で効果があったことから、記憶をしたい出来事が起こった後に服用することで、記憶力増強剤としての利用の可能性もある。さらにヒト以外では、何度も訓練が必要な警察犬や盲導犬の学習時の利用が考えられ、「今後の展開が楽しみな物質だ」と研究グループは述べている。
▼関連リンク
・東京医科歯科大学 プレスリリース