小さな切開による内視鏡を用いた心臓の細胞シート移植方法の開発
京都大学は11月20日、細胞シートをより負担の少ない内視鏡を用いた方法で心臓の表面に移植するためのデバイスを開発したと発表した。この研究は、同大医学部附属病院の升本英利特定助教、医学研究科の長田裕明博士課程学生、芦森工業株式会社産業資材技術開発二課長の山下英樹氏、株式会社ニッケ・メディカル取締役の上杉昭二氏らの研究グループによるもの。研究成果は、「Regenerative Therapy」に掲載されている。
画像はリリースより
高齢化社会に伴い、心不全など重い心臓病の患者は今後ますます増加することが予想される。究極の治療法は心臓移植だが、特に日本ではドナーが少なく、一般的に手の届く治療法とはいえない状況だ。一方、ヒト人工多能性幹細胞(iPS細胞)などを用いた心臓再生医療に、近年期待が集まっている。特にiPS細胞から誘導した心臓の細胞をシート状にして移植する方法は、大阪大学病院での治験が始まっており、京都大学病院でも臨床研究を準備中である。
細胞シートの移植方法として、現状では、胸の真ん中や肋骨の間を大きく切開し、心臓を露出して表面に移植する方法がとられるが、こういった再生医療の対象となる患者は、心不全であることや、他人の細胞を移植する際は免疫抑制剤の投与が必要になることから、一般の心臓手術よりも創部感染などのリスクが高くなることが考えられる。このような背景から、細胞シート移植による心臓再生治療の普及のためには、より負担やリスクの少ない、小さな切開による内視鏡を用いた移植方法の提供が望まれるが、それに役立つようなデバイスの研究開発は進んでいないのが現状だ。
「ECSheeD」を開発、体内挿入後に広げて心臓表面への移植を可能に
今回の研究では、細胞シートを内包し、体内に挿入後に広げて心臓表面に移植できるような、内視鏡的細胞シート移植デバイスを開発。このデバイスを「Endoscopic Cell Sheet delivery Device」(ECSheeD、エクシード)と命名した。2種類の太さのフレームを組み合わせることで、細胞シート部分をスムーズに体内にデリバリーすることが可能になった。また、切開をなるべく小さくするためには、細胞シート部分を移植前にはフレーム内に小さく収納し、体内にデリバリーした後に広げる必要がある。細胞シートをスムーズに、かつ損傷することなく閉じ広げできるよう、適度な硬さを持った素材(エラストマー)によるアプリケータ(貼付装置)を備え付けた。加えて、細胞シートを歪みなくきれいに心表面に貼り付けるため、アプリケータには表面を濡らすことができるようなチューブを設け、また体内で先端から徐々に折り曲げることができる機能を追加した。
ECSheeDが実際に内視鏡的な移植に使用しうるかどうかを検証するために、株式会社クロスメディカルの協力で、ヒトの成人男性のCTデータをもとに、皮膚・筋肉・肋骨・肺・心臓までを再現した3Dプリントシミュレータを作成した。実際の手術に似せた状況で、小さな切開を通して心臓近くまでECSheeDを進め、カメラで位置を確認しながら心臓表面にナイロンメッシュに載った細胞シートを移植。さまざまな条件を検討して、最終的に100%の確率で心臓表面に細胞シートを貼り付けることができるようになった。
他臓器、細胞以外のシート状バイオマテリアルの心臓表面への移植などの応用も
このデバイスは、心臓以外の他の臓器への内視鏡的な移植への応用が将来的に考えられる。また、細胞以外のシート状バイオマテリアルの心臓表面への移植にも応用できる可能性がある。さらに、医療機器開発における3Dプリントシミュレータの使用は、手術のシミュレーションといった教育的観点や、実験動物の使用数を減らすという動物愛護的な観点からも有用なアプローチであると考えられるという。
実際の患者への使用には、ヒトでの手術と同じように、実際に心臓が拍動するモデルなどによる検討が今後必要で、拍動モデルでも問題なく移植ができるよう、デバイスをさらに改良していく必要がある。今後、ニプロ株式会社および日本毛織株式会社との共同開発により、医療機器としてさらに開発を進める予定だ。「細胞移植による心臓再生医療の標準化において重要なステップと考えられ、将来的にはこのデバイスの商品化により、安全でより負担の少ない心臓再生医療の提供が期待される」と、研究グループは述べている。
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・京都大学 研究成果