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ヒト肝胆膵・消化管神経内分泌がん、オルガノイド作製成功で研究に進展-慶大ほか

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2020年11月19日 PM12:15

肝胆膵・消化管神経内分泌がんは希少疾患のため研究が進んでいなかった

慶應義塾大学は11月18日、希少疾患のため研究が進んでいなかったヒト肝胆膵・消化管神経内分泌がん細胞を5年の歳月をかけて収集し、オルガノイドと呼ばれる技術で腫瘍細胞を大量培養することで、25系統の大規模ライブラリー(バイオバンク)作製に成功したと発表した。この研究は、同大医学部坂口光洋記念講座(オルガノイド医学)の佐藤俊朗教授、川﨑健太特任助教と、理化学研究所生命医科学研究センターがんゲノム研究チームの中川英刀チームリーダーらの研究グループが、同大医学部内科学(消化器)、内科学(呼吸器)、外科学(一般・消化器)、薬学部薬物治療学講座、東京大学、東京医科歯科大学、国立がん研究センター中央病院との共同研究として行ったもの。研究成果は、「Cell」のオンライン版に掲載されている。


画像はリリースより

消化器系の悪性腫瘍は、ほとんどが腺がんまたは扁平上皮がんだが、これらとは別に、上皮構造がなく神経や内分泌細胞の特徴的なタンパク質を発現する神経内分泌がんがある。神経内分泌がんは希少がんに分類されているが、予後の悪い疾患として知られ、近年は発生率が着実に増加していることから、その詳細の解明が待たれている。消化器系の神経内分泌がんはNECと呼ばれ、低分化型で進行が速い特徴をもっている。NECと、高分化型で比較的進行の遅い神経内分泌腫瘍(NET)とをあわせて、膵・消化管(GEP)(NEN)と総称される。これらのがんは、これまで基盤となる研究モデルに乏しく、研究試料として利用可能なヒトGEP-NEN細胞株はごくわずかだった。また患者数が少ないことから臨床試験の実施も難しいため、研究が進まない状況にあった。

近年、佐藤俊朗教授らが開発したオルガノイドと呼ばれる培養技術により、患者から採取した幹細胞をもとに、3次元構造を保ったまま大量に全く同じ性質を受け継ぐクローンを増殖させることが可能になった。そこで今回、研究グループは希少疾患に特有の課題である研究リソース不足を解消すべく、この新しい培養技術を駆使してNET 3株、NEC 22株のオルガノイドモデルを作製し、大規模なライブラリーを構築した。ヒト細胞から直接培養されるオルガノイドは、元になった細胞に類似した生理的・機能的・形態的性質を有するため、候補治療薬の効果やその副作用を効率よく確認することができ、前臨床試験での動物実験を減らすことが可能とされている。オルガノイドモデルを豊富に用いることで、希少疾患では極めて困難であった全ゲノム解析も可能となる。

神経内分泌がん初の大規模ライブラリー構築、GEP-NETオルガノイドの樹立に成功

今回の研究では、まず、ヒト神経内分泌がんの生きた臨床サンプルを5年がかりで日本国内の複数の施設より収集し、これまで研究モデルが得られていない食道、胃、十二指腸、膵臓、肝臓、胆管なども含めた消化器のNEC 18株、NET 3株そして肺小細胞がん4株からなる合計25株のオルガノイドモデルを樹立し、大規模にライブラリー化した。樹立したオルガノイドモデルは、その生命現象や機能を司る物質(ゲノム、転写物(RNA)、タンパク質、代謝物など)についてマルチオミクス解析を行い、さらにマウスへの移植を行い元の腫瘍サンプルと比較した。その結果、全てのオルガノイド株で元の細胞の遺伝子型ならびに形態などの表現型を維持していることが確認された。さらに、薬剤をオルガノイドに投与することによって、培養皿の中でも、NETおよびNECに対して臨床で使われる薬剤の治療効果を確認できることを初めて示した。

GEP-NETのオルガノイド3株は膵臓と十二指腸から採取したサンプルから樹立したもので、そのマウスへの移植片は、形質的な特徴だけでなく、ガストリンというホルモンの分泌など、親細胞の機能的特徴も継承していた。これにより、初めて試験管内で生体の機能的なガストリノーマ(ガストリンを産生する神経内分泌腫瘍)モデルの確立に成功した。

GEP-NECに特徴的な遺伝子変異とその発生起源を同定、腫瘍化に至る過程を再現

GEP-NECは希少疾患であるため、これまで詳細なゲノム解析はされてこなかった。今回、樹立したGEP-NECのオルガノイドの全ゲノムシークエンス解析から、肺の小細胞がんと同様なTP53とRB1の変異が高頻度に認められることがわかった。こうした変異パターンは通常の消化器がんには認められず、神経内分泌がんに特徴的な変異であることが確認された。一方、通常の消化器がんとNECが併発する症例もあり、NECは通常の消化器がんから発生することが示唆されている。そこで、こうした通常の大腸腫瘍(腺腫と腺がん)とNECが併発している症例で、通常の大腸腫瘍の細胞とNECの細胞からそれぞれオルガノイドを樹立し、両者の関連性を調べた。その結果、通常の大腸腫瘍にTP53とRB1の遺伝子異常が加わることでNECが発生することが裏付けられた。このように、全ゲノム解析によって体内で起きたNECの進化過程が明らかとなった。

次に、これらの遺伝子変異がGEP-NECの原因となるかどうかを調べるために、正常の大腸オルガノイドのTP53遺伝子とRB1遺伝子に変異を導入し、形態の変化を調べた。しかし、これら2つの変異だけではGEP-NECの腫瘍とはならなかった。そこで、GEP-NECの遺伝子発現を調べたところ、GEP-NECオルガノイドは通常の消化器がんとは異なる遺伝子発現プログラムへと書き換え(カギとなる遺伝子の活性化によって、ある細胞が別の種類の細胞に変化する現象)が起きていることを発見。GEP-NECの発症に関与する6つのカギとなる遺伝子が抽出された。これらの中には、神経の発生に関わるASCL1遺伝子や心臓の発生に関わるNKX2-5遺伝子が含まれ、これらが神経内分泌腫瘍の発生に関わることが示唆された。さらに、TP53とRB1変異とともにこの6つのカギとなる遺伝子を導入することにより、正常の大腸オルガノイドからGEP-NECが発生することを実証した。これらの結果から、正常の消化器からどのように通常型の腫瘍ができ、さらにまれなGEP-NECがいかにして発生するかに至るまで、腫瘍発生メカニズムの理解が深まった。

GEP-NENは増殖因子がなくても育つことを発見、シスプラチンの有効性を裏付け

体細胞のほとんどは、勝手に増殖しないように、EGFやWntなどの増殖因子による刺激がないと増殖しないようプログラムされている。多くのがんは、遺伝子変異によってこうした制御機構が破綻し、異常に増殖することを特徴とする。一方、今回の研究で樹立されたGEP-NENオルガノイドの多くは、このような遺伝子変異を伴わない増殖因子非依存性の増殖を示した。さらに、こうした増殖因子非依存性の増殖は、細胞プログラム書き換えに関わる6つのカギとなる遺伝子の発現によって可能となっていた。従って、GEP-NENオルガノイドは遺伝子変異だけではなく、プログラム書き換えによって、増殖因子がなくても増殖することがわかった。このことから、近年のがん治療で注目されている増殖因子を標的とした治療は、GEP-NENに対しては効果が限定的であることが示唆された。一方、GEP-NECオルガノイドは臨床で同疾患に使われるシスプラチンという薬剤に対しては感受性を示し、現在使われている治療薬の有効性が裏付けられた。

今回の研究では、GEP-NENオルガノイドライブラリーの包括的なプロファイリングにより、GEP-NENの分子パターンと独特な生物学的表現型を結びつけることに成功し、希少がんに対するオルガノイドベースのアプローチの有効性が示された。さらに、オルガノイドの包括的解析を通して、NECの発生機構に関与する可能性のある遺伝子変異やNECの特徴と考えられる知見を探索し、その結果を踏まえて正常な大腸細胞オルガノイドに遺伝子編集を加え、正常細胞ががん化しNECとなる過程の再現に成功した。研究グループは、「今回の研究で構築されたライブラリーは、世界の研究コミュニティーが活用することで、悪性度の高いNECへの治療薬開発や、神経内分泌腫瘍全般のさらなる発生機構の解明へのブレークスルーとなることが期待され、また、オルガノイドを用いた研究戦略は、今後の希少疾患研究の基盤となり、さらなる医療の発展をもたらす可能性を秘めていると考えられる」と、述べている。

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