塩基除去修復で働くPolβ、生後の脳に及ぼす影響は?
大阪大学は11月5日、DNA修復酵素の1つであるPolβが生後発達初期の海馬神経細胞の分化に作用し、学習・記憶の回路形成に重要な役割を担うことを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院生命機能研究科の菅生紀之特任准教授(常勤)、当時大学院生の植田尭子氏(博士課程)、八木健教授、山本亘彦教授らの研究グループが、藤田医科大学の宮川剛教授らの研究グループと共同で行ったもの。研究成果は、「Journal of Neuroscience」(オンライン)に掲載されている。
画像はリリースより
遺伝情報の源であるゲノムDNAは、核内で常に損傷の危険に曝されているが、それに対して細胞にはDNA修復のメカニズムが備わっている。その破綻は、細胞死や突然変異が蓄積されることでがんや免疫不全といった疾患につながることが知られている。一方、脳の病気である発達障害や自閉症といった精神神経疾患も遺伝子の突然変異に起因することが明らかとなってきた。しかし、発生発達過程でいつどのようにして突然変異が生じるかに関してはほとんど明らかになっていない。
DNA修復は、損傷の構造に対応して数多くの酵素が役割分担をすることで強固なシステムを構成している。DNAポリメラーゼβ(Polβ)もその一つで、塩基損傷を修復する塩基除去修復経路の一端を担っている。近年、この修復経路がエピジェネティクスな遺伝子発現制御の1つである能動的DNA脱メチル化の過程に含まれることが明らかになっている。研究グループはこれまでに、Polβを完全に欠損したマウスは出生直後に呼吸不全により致死となることから、Polβが胎生期の神経発生での役割を担っていることを報告してきた。しかし、その一方で生後の神経細胞分化や脳機能に及ぼす影響に関しては全く不明だった。
生後の脳でPolβはメチル化シトシンを除去し新たなシトシン合成に必要
今回、研究グループは、生後の脳におけるPolβの時空間的な役割を明らかにする研究を行った。大脳特異的に最終分裂後の興奮性神経細胞でPolβを欠失する遺伝子改変マウス(Nex-Cre/Polβf/f)を作製して調べた結果、出生後2週間ほどの発達初期段階で学習・記憶を司ることが知られる海馬神経細胞の核内に重篤なDNA損傷であるDNA2本鎖切断が数多く引き起こされることを発見。この損傷は一過的に増加し細胞死までには至らないものの、遺伝子発現や樹状突起形成に異常をもたらすことが判明した。
この分子メカニズムとして細胞分化に関わる能動的DNA脱メチル化との関係を調べたところ、生後発達初期にゲノムDNA中のメチル化シトシン量が大幅に減少していた。さらに、能動的DNA脱メチル化の開始に必要とされるTET酵素の高発現と発現抑制の遺伝子操作を行うと、それぞれDNA2本鎖切断の増加と減少が観察された。これらの結果から、Polβはメチル化されたシトシンを除去する際に生じたギャップに新たなシトシンを合成する過程に必要であることが明らかになった。
生後発達初期にPolβ欠損のマウスは成体で学習・記憶低下や不安様行動
この過程が脳機能へ及ぼす影響を調べるために行動解析を行ったところ、遺伝子改変マウスは空間学習・記憶や不安様行動に異常が認められた。以上のことから、生後発達初期の神経細胞分化における能動的DNA脱メチル化にPolβ依存的DNA修復によるゲノム安定維持が必要であり、正常な脳機能の構築に貢献していることが初めて明らかになった。
今回の研究によって、Polβが生後発達初期の神経細胞分化と回路構築に不可欠であることが明らかになった。これは、ゲノム安定性を維持するDNA修復酵素システムが、正常な脳の機能構築に貢献していることを示唆している。研究グループは、「今後、この神経細胞分化におけるDNA修復と体細胞突然変異の基礎研究を新たな糸口として、脳形成や精神神経疾患の発症原理の理解につながることが期待される」と、述べている。
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