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ミトコンドリア呼吸を活性化する化合物「TLAM」を発見-理研ほか

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2020年11月11日 PM12:30

ミトコンドリア病の新規治療標的をケミカルバイオロジーの手法で探索

(理研)は11月10日、ミトコンドリア呼吸を活性化する物質として、解糖系律速酵素の1つであるホスホフルクトキーナーゼ(PFK1)を阻害する低分子化合物「tryptolinamide()」を発見したと発表した。この研究は、理研環境資源科学研究センター創薬・医療技術基盤連携部門創薬シード化合物探索基盤ユニットの小林大貴研究員(研究当時)、ケミカルゲノミクス研究グループの吉田稔グループディレクター、(NCNP)神経研究所疾病研究第二部の畠山英之研究員(研究当時)、後藤雄一部長(メディカル・ゲノムセンター長)らの共同研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Chemical Biology」オンライン版に掲載されている。


画像はリリースより

ミトコンドリア病は、ミトコンドリア呼吸機能の低下により、主に筋肉や神経などエネルギーを多量に必要とする組織で臨床症状が現れるだけでなく、解糖系へのエネルギー依存度が高くなるため、乳酸アシドーシスが引き起こされる。エネルギー生産効率の高い呼吸機能を回復させることが、ミトコンドリア病の治療戦略の1つになると考えられているが、不完全な呼吸鎖を活性化することで発生する活性酸素種(ROS)が、細胞にダメージを与えることが懸念される。現在、呼吸改善作用あるいは抗酸化作用を持つ複数の治療薬候補の有効性や安全性が、臨床試験で試されているところだが、確実な治療法はまだ確立されていない。そこで、研究グループは、ケミカルバイオロジーの手法により、ミトコンドリア病の新たな治療標的を見出すことを目的に研究を実施した。

エネルギー代謝を解糖系から呼吸優位にする物質を発見しTLAMと命名

研究グループは、ミトコンドリア病で起きているエネルギー代謝変化に注目。ミトコンドリア病では、呼吸が低下し解糖系への依存度が高くなっている。この代謝バランスを正常に近づければ、低下したエネルギー(ATP)生産性を回復させ、かつ解糖系の最終産物であり、乳酸アシドーシスの原因となる乳酸の生産量を減少させることができるはずと考えた。そして、このような代謝調節作用を持つ化合物を、ミトコンドリア病患者由来の細胞の代わりに、同様の解糖系に依存したエネルギー代謝である「」を示すがん細胞を用いて探索することにした。がん細胞は、エネルギー合成効率が低い解糖系に依存しているため、低グルコース培地ではエネルギー不足になり、細胞死が誘導される。一方、がん細胞のエネルギー代謝バランスをミトコンドリア呼吸優位にできれば、エネルギー合成効率が高まるため、低グルコース培地での細胞死が抑制される。

低グルコース状態を誘起する2-デオキシグルコースによる細胞死を抑制する化合物を理研NPDepo化合物ライブラリーから探索した結果、活性化合物を見出し、「tryptolinamide(TLAM)」と命名。代謝解析の結果、TLAMは、がん細胞の代謝バランスをミトコンドリア呼吸にシフトさせることが判明した。さらに、ミトコンドリア病の1つであるMELASの患者由来の変異ミトコンドリアDNA(mtDNA)(m.3243A>G)を持つサイブリッド(細胞質融合細胞)および別のMELAS患者(m.3243A>G)細胞由来のiPS細胞から作製した分化細胞においても、同様にエネルギー代謝を呼吸優位にシフトさせることがわかった。

TLAMはPFK1を直接阻害しAMPKを活性化、ペントースリン酸経路亢進

次に、TLAMの作用機序を解析。生化学的な解析から、TLAMはAMP活性化プロテインキナーゼ()の活性化を介した脂肪酸分解により、ミトコンドリア呼吸を活性化することが示された。また、細胞内エネルギー代謝に関わる代謝物質の網羅的定量解析(定量メタボローム解析)により、TLAMは解糖系律速酵素ホスホフルクトキナーゼ(PFK1)の活性に影響を与えていることが示唆された。これを手掛かりとして、組換えPFK1タンパク質を用いて検討した結果、TLAMがPFK1に直接作用することで、その酵素反応を阻害することが明らかとなった。

さらに、TLAMによる細胞内エネルギー代謝シフトがPFK1阻害によりもたらされるのかを調べるため、CRISPR/Cas9技術を用いてPFK1ノックアウト細胞を作製。その結果、PFK1ノックアウト細胞は、TLAMを与えた細胞と同様にミトコンドリア呼吸優位の代謝を示し、またTLAMを与えても代謝変化が誘導されなかった。これにより、TLAMによる細胞内エネルギー代謝シフトがPFK1阻害によりもたらされることが確認された。解糖系律速酵素であるPFK1を阻害することで、ミトコンドリア呼吸機能が増強する理由の1つは、AMPKの活性化だ。実際、TLAMを処理したPFK1野生型の細胞と同様に、PFK1ノックアウト細胞は、PFK1野生型の細胞に比べて高いAMPK活性を示すことが確認された。

一方、PFK1は解糖系のゲートキーパーとなっており、PFK1を阻害すると、解糖系の側方経路であるペントースリン酸経路への代謝フローが迂回、増大する。ペントースリン酸経路は、酸化ストレスに対抗するために重要なNADPH(還元型ニコチンアミドジヌクレオチドリン酸)を産生する経路としても知られている。遺伝学的解析により、AMPK活性化・脂肪酸分解に加えて、ペントースリン酸経路の亢進も、TLAMによるミトコンドリア呼吸増強に必要であることが示された。

TLAMはミトコンドリア病患者由来iPS細胞の分化障害を改善

最後に、TLAMがミトコンドリア病患者から樹立されたiPS細胞の病的な表現型に与える影響を評価した。変異したmtDNAを高頻度で持つiPS細胞は、神経幹細胞までは分化できるものの、神経細胞にまでは分化できない。これはエネルギー消費の高い神経細胞では、ミトコンドリア機能障害により細胞死が起きてしまうためと考えられる。実験の結果、TLAMは、m.3243A>Gあるいはm.3291C>TのmtDNAを高頻度に持ったiPS細胞の神経細胞(NF-H陽性細胞)への分化障害を改善させることがわかった。これは、PFK1を阻害することで、mtDNAに起因するミトコンドリア病の病態を改善できる可能性を示している。

ミトコンドリア病だけでなく、健康寿命の延伸への貢献も期待

PFK1を阻害することでエネルギー代謝がシフトし、ミトコンドリア呼吸の低下を改善できるという今回の研究成果は、細胞内エネルギー代謝に関する生物学的知見として極めて重要だ。また、PFK1阻害は、「ミトコンドリア呼吸だけでなくアシドーシスを改善する」「ペントースリン酸経路の亢進によるNADPH産生が不完全な呼吸マシナリーを活性化することで発生するROSによる細胞ダメージを緩和する」ことが期待される。そのため、PFK1阻害はミトコンドリア病治療の観点から複数のメリットを持つ、これまでにない治療標的になり得る。

また、ミトコンドリア機能低下は、ミトコンドリア病だけでなく、老化、がん、神経変性疾患を含むさまざまな疾患に関連しているため、今回の研究成果が足掛かりとなって、ヒトの健康寿命の延伸に資する新しい方法の開発につながると期待できる。研究グループは、「本研究は、国際連合が2016年に定めた17項目の「持続可能な開発目標(SDGs)」のうち、「3. すべての人に健康と福祉を」に大きく貢献する成果だ」と、述べている。(QLifePro編集部)

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