がん細胞はどのようなメカニズムで酸化ストレスに適応しているのか?
京都大学は11月2日、酸化ストレス誘導型転写因子NRF2の過活性化が3次元がんスフェロイド(球状集合体)の形成に必須であることを発見したと発表した。これは、同大白眉センター 高橋重成特定准教授、ハーバード大学医学大学院 Joan S. Brugge教授(ハーバードラドウィグがんセンター総責任者兼務)らの研究グループによるもの。研究成果は、「Molecular Cell」のオンライン版に掲載されている。
がん細胞は、正常細胞が本来存在している場所(ニッチ)を逸脱して生存・増殖することが知られているが、近年の研究により、このようなニッチの逸脱は高いレベルの酸化ストレスにさらされることになり、抗酸化を含めた強固な酸化ストレス防御機能の獲得ががん化およびがんの成長過程において必須であることがわかってきた。実際、放射線治療や一部のがん化学療法は酸化ストレスを亢進させることでがん細胞を攻撃することが知られており、がん細胞は正常細胞に比べて酸化ストレスに対して脆弱であると言える。
このように、がんと酸化ストレスとの間には密接な関連性があるが、がん細胞がどのようなメカニズムで酸化ストレスに対して適応しているのかは、詳細が不明だった。
NRF2の過活性化はGPX4とともにスフェロイド内部細胞で生じるフェロトーシスを抑制
今回の研究では、東北大学大学院医学系研究科の山本雅之教授らによって同定された、生体内抗酸化物質のマスターレギュレーターとして機能するNRF2に注目し、その効果を一連の肺がん細胞株において大規模に調査した。NRF2は、肺がんをはじめとしたさまざまな腫瘍で過活性が認められ、NRF2活性とがんの悪性化・予後悪化との間には強い相関があることが知られている。
解析の結果、標準的な培養方法である2次元(平面)培養においては、NRF2の過活性が細胞の増殖に影響を及ぼすことはなかった一方、生体内の状態により近い、マトリゲルを用いた3次元培養系では、NRF2の過活性が細胞の生存・増殖に必須であることが判明した。また、世界初となる、3次元培養下におけるCRISPR-Cas9技術を用いた大規模スクリーニングを行うことで、NRF2の過活性化はGPX4(脂質過酸化を消去する酵素)とともに、スフェロイド内部細胞で生じるフェロトーシス(脂質過酸化に伴う細胞死)を抑制していることが明らかになった。
さらに、質量分析を用いた網羅的タンパク質発現量の比較を行った結果、NRF2の発現をノックダウンさせると、GPX4を含む大部分のセレノシステイン含有タンパク質(セレノプロテイン)の発現が劇的に増大することがわかった。詳細なメカニズムは未解明だが、NRF2は細胞内セレニウム濃度を制御している可能性が考えられたという。そこで、NRF2とGPX4の両者を阻害した結果、より効率的にがん細胞を死滅させることが明らかになった。
NRF2のがんに対する新規創薬標的としての応用に期待
今回の研究成果は、3次元培養を用いた研究のさらなる重要性を示すと同時に、NRF2のがんに対する新規創薬標的としての応用が期待される。さらに、がん予防の観点において、抗酸化サプリメントは負の側面を持つ可能性を再認識させる結果となった。
研究グループは、「本研究により、がん化の過程においても進化と同様の選択圧が生じ、NRF2の過活性など、強固な酸化ストレス防御機構を有するがん細胞のみが腫瘍形成できることが示唆された。活性酸素種が織りなす生物応答は未だ多くが謎に包まれている。好気性生物にとって、根幹を成す生命現象を解明するべく、今後も活性酸素種を切り口とした研究にまい進していきたい」と、述べている。
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・京都大学 研究成果