ヒトで射精後にオキシトシン増加、その動作メカニズムは?
岡山大学は10月30日、脳で合成される母性のホルモン「オキシトシン」が、哺乳類の脊髄に存在する勃起/射精専用回路を活性化させ、オスの交尾行動を促進させることを、ラットを用いた研究において明らかにしたと発表した。これは、同大大学院自然科学研究科(理)の坂本浩隆准教授、神奈川大学理学部生物科学科の越智拓海特別助教(研究当時、大学院自然科学研究科院生)、川崎医科大学、富山大学、国立遺伝学研究所、米エモリー大学、英オックスフォード大学の国際研究グループによるもの。研究成果は、「Current Biology」に掲載されている。
画像はリリースより
オスの性機能を調節している神経ネットワークは、脳や脊髄の多くの部位から成り立っている。坂本准教授らの国際研究グループは、げっ歯類であるラット・マウス、霊長類のニホンザルといった哺乳類において、脊髄に存在するガストリン放出ペプチド(GRP)系がオス優位な性差神経回路を形成し、勃起や射精などのオスの性機能を調節することをこれまでに報告してきた(勃起/射精専用回路:性機能センター)。しかし、脳からどのようにして脊髄の性機能センターを調節しているのかは不明のままだった。
ヒト男性において、射精後に「母性のホルモン」として知られるオキシトシンの血中量が増加することが知られているが、その動作メカニズムは不明だった。そこで今回の研究では、脳で合成されたオキシトシンが脊髄におけるオスの性機能センターを調節すると考え、ラットで検討を行った。
オキシトシン作用阻害でオスラットの射精能が減衰
研究では、オキシトシンやそのブロッカーをラットの脊髄に投与。その結果、オキシトシンがオスの性機能センターを活性化すること、脊髄で局所的にオキシトシン作用を阻害すると射精能が減衰することを突き止めた。さらに、視床下部にあるオキシトシン・ニューロンを光刺激により活性化(光遺伝学)できる遺伝子改変ラットを作出し、このラットを用いて、オキシトシン・ニューロンを活性化すると、オス脊髄の性機能センターが活性化されることを個体レベルで明らかにした。また、脊髄におけるオキシトシン放出を電子顕微鏡で調べた結果、脊髄におけるオキシトシン放出はシナプス領域以外でも観察された。
Wi-fiのような「ボリューム伝達」が性機能を調整
これらのことから、オキシトシンの作用はシナプス領域に限局しないという、オキシトシンによる脊髄での新たな局所神経機構「ボリューム伝達」が明らかになった。これまで、オキシトシンをはじめとするホルモンの多くは、シナプスを介したニューロン-ニューロン間のコミュニケーションを担ったり、血流を介して全身へ輸送・作用したりすると考えられてきた。しかし、今回の研究により、オキシトシンを輸送するニューロンが軸索突起を遠く脊髄にまで伸ばし、血中へ放出するかのようにオキシトシンを脊髄にまき散らすことで、1対多に情報を伝えるシステムが見出された。これは限られた場所・相手に1対多で情報を、遠隔地であっても、局所的に効率良く伝える新たなニューロン間コミュニケーションと考えられるという。
ホルモンによる神経内分泌系は、血流を介して全身に作用するシステムで、いわば電波に乗せて情報を発信し、受信機(受容体)を持つ人達(細胞)にだけ伝わる「BS放送」のようなものと考えられる。一方、シナプス結合を介したニューロン-ニューロン間のコミュニケーション(配線伝達) は、有線でつながれ1対1でつながる「Ethernet」(イーサネット)とたとえることができる。作用部位まで長い軸索突起を配置させ、局所的なホルモン放出・拡散によってコミュニケーションする伝達様式(ボリューム伝達)は、神経内分泌系とシナプス伝達の2つの要素をあわせ持つことから、有線で受け手の近くに発信器(無線ルータ)を配置し、受信機(受容体)を持つ人達(細胞)に1対多でつながる「Wi-Fi」とたとえることができるかもしれない。
ヒトにおける心因性性機能障害の治療法開発に期待
オキシトシンは母性、絆形成などの社会行動に深く関わることはよく知られている。今回、ペニス反射と勃起をコントロールしている脊髄内性機能センターを、脳内で合成されるオキシトシンが脊髄レベルではたらいて調節していることを発見した。「オスの性機能を制御する脳−脊髄ネットワークの動作メカニズムを明らかにしたことは、将来、ヒトにおける心因性の性機能障害の根本的な治療法の開発へもつながること、また、未知なる神経機構の動作メカニズムの理解にも貢献することが期待される」と、研究グループは述べている。
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・岡山大学 プレスリリース