国際対がん連合日本委員会、講演と活発なディスカッション
日本癌治療学会は、10月22日~24日に国立京都国際会館、ザ・プリンス京都宝ヶ池で第58回日本癌治療学会学術集会を開催。開催テーマを「技術と心」とし、多数の学術セミナーをはじめ特別講演やシンポジウムが、新型コロナウイルス感染症の拡大防止に配慮しつつ、現地開催およびオンデマンド方式を併用したハイブリッド方式で行われた。
UICC(Union for International Cancer Control)は、世界155か国から800団体が参加している、ジュネーブに本部を置く民間の対がん組織連合。そのうちUICC-ARO(Asia Regional Office)は、アジアでのUICC運動の伸張を図ることを目的に活動している。今回、同学術集会において、「アジアのUHC(ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ)実現を目指していまなにができるか-Covid19時代のアジアのがん医療連携のありかた」と題したUICCシンポジウムが行われ、注目を集めた。
同シンポジウムの司会は、UICC日本委員会委員長でがん研究会がん研究所所長の野田哲生氏、および同委員会幹事で日本癌治療学会国際委員長、岐阜大学病院長の吉田和弘氏。アジアにおける健康構想とがん医療を考えるうえでこれまでに実践してきたこと、また今後考えていくことなどについて、5名の演者による講演が行われた。全講演の終了後には、司会者より各講演者への質疑応答形式による、活発なディスカッションが行われた。本稿では、その内容について取り上げる。
日中韓が良好な関係を保ちつつ、どう次世代につなげていくかが課題
まず、「Covid19時代のUHC政策におけるUICC」と題して講演を行った、UICC日本委員会広報委員長で東京大学大学院情報学環・学際情報学府特任講師の河原ノリエ氏は、UICC-AROの国際的な関係とアジアの中での立ち位置に関して現状報告とともに提言を行った。
「UICCは古くからがんコミュニティーを支えてきたという矜持がある。日本は、UICCに加盟している30施設が主要な研究者の団体であることが、信頼の元となっている。UICC-AROは、赤座英之 前Directorの時からアジアがん官民対話フォーラムを立ち上げ、アジア健康構想をがん領域に広げるために尽力してきた。日中韓3か国とも良好な関係が構築できているが、「誰も取り残されない医療」というUHCの政策概念を基軸に次の世代にどうやってつなげていくかが、今後の課題と考えている」(河原氏)
日本が先行して臨床試験ネットワークを構築し、各国と連携しながら展開を
次に、「アジア健康構想とがん アジア医薬品・医療機器規制調和推進に向けた提言」と題して講演を行った、参議院議員の武見敬三氏が、アジア健康構想において、がんの治療と研究に対するシステム構築の国際展開像に関して提言した。
「アジアの高齢化は周知の事実で、当然がん患者は増えていく。こうした状況は多くの人が理解しているため、臨床試験のネットワーク構築を進めることは、政府与党の中でも支持されている。アジア健康構想において、非感染症の中でがんが突出して重要と認識された結果、がんの臨床試験ネットワークの構築が先行することになったが、このネットワーク構築は、がんに限ったことではない。そのため、今後、循環器系ほかさまざまな疾患に関してのお手本となるようなネットワーク構築の実現が望ましいと考えている。ASEANをはじめとした主要国との間で臨床試験のネットワークを日本が先行して構築し、中国や韓国とも連携を取りながら、その過程で米国や欧州とも連携していくことになるだろう。まずはASEANのいくつかの国と意味のある効果的なシステムを構築してから、各国へ広げていこうと考えている」(武見氏)
アジアで進む臨床試験ネットワーク構築、各国の相互理解が重要
続いて、「アジア健康構想における開発に向けたがんセンターの取り組み」と題して講演を行った、UICC日本委員会幹事で日本癌学会理事長 国立がん研究センター理事長の中釜斉氏が、アジアで臨床試験ネットワーク構築を進めていくうえで重要な視点について、見解を述べた。
「開発研究の体制や枠組みを広げていくための1つのアプローチが、アジアでの臨床試験のネットワーク構築である。日本でスタートしたゲノム医療においても、バイオマーカーで層別化した患者に対する開発研究を行う際、患者レジストリの充実が非常に重要だ。実例として、希少がんの研究開発・ゲノム医療を産学共同で推進する「MASTER KEY プロジェクト」でも、患者レジストリの充実を図っており、バイオマーカーと臨床情報がつながることで、多くの企業の参画が得られると考えている。今後、規模を拡大しながら臨床試験の体制をしっかりと構築していくことが重要で、いったん体制が整えば、日本のがん拠点病院やアカデミアの参画も可能となるだろう。開発研究をアジアで共有し広めていくためには、教育の共有も重要だ。すなわち、アジアの国々の拠点から開始し、保有する技術を単に提供するだけではなく、その国特有の文化や社会問題をお互いに理解しながら進めていく必要がある」(中釜氏)
アジアのUHC、オンライン診療を念頭におくことが重要
「アジアヘルスケアマーケットの潮流」と題して講演を行ったKPMGヘルスケアジャパン代表取締役の大割慶一氏は、オンライン診療をはじめとする医療システムのアジアの現状を報告した。
「グローバルでは、COVID19を機に対面診療からオンライン診療に相当シフトしている。オンライン診療へのシフトは、単に患者の利便性の向上やコスト削減だけを目指すものではない。「point of care」の実現や「patient engagement」の向上にかかわる大きなパラダイムシフトが世界でおきている。オンライン診療に診断技術が加わり患者情報が共有されることで、医療の現場が在宅にシフトしていき、UHCに貢献する。アジアのUHCを考えるなら、オンライン診療を念頭におくことが重要だ」(大割氏)
オンライン診療など医療の質も変わる中、アジア各国とどう付き合っていくか
最後に、「アジアにおけるJSCOの役割とUICC」と題して講演を行った、日本癌治療学会理事長で大阪大学医学部医学系研究科 外科学講座消化器外科学教授の土岐祐一郎氏が、医療の質の変化に伴う日本とアジア各国との関係につき、現状および今後の方針を示した。
「製薬企業主導の研究開発などでは、必ずしも日本が中心ではない。しかし、日本の医療レベルが高いことはアジア各国も認めており、多くの国が、日本と学術的な交流を行い、日本に学びたいと考えている。学術面で日本は、アジアのリーダーシップをとれている。しかし、外科手術でも外科以外の治療でも、他国にかなり追いつかれている。そうした状況下で、日本がリーダーシップをとり続けるためには、次の新しいステップを考えなければならない。そのひとつがゲノム医療。癌治療学会は、学術面から日本をリードしていこうと考えている」(土岐氏)
アジアにおけるUHC実現のために、いま日本がやるべきこと
すべてのディスカッションが終了後、司会の吉田氏は「日本が、アジアの医療でイニシアチブを握るためには産官学が協力するだけではなく、それぞれの領域で一致団結することが重要だ」、野田氏は「今回の5つの講演を通じて、多様性に向かって視野が広がった。それと同時に、視野が広がれば広がるほど皆で力を合わせて、目標設定をして進んでいくことが大事だ」と述べ、シンポジウムを締めくくった。
▼関連リンク
・第58回日本癌治療学会学術集会
・UICC(国際対がん連合)日本委員会