1,995症例のDNAから、遺伝性乳がんの原因となり得る11遺伝子をゲノム解析
京都大学は10月26日、日本人女性の乳がん患者において約5%を遺伝性乳がんが占めること、最も高頻度に同定されたBRCA1/2変異を持つ遺伝性乳がんの腫瘍における遺伝学的臨床学的特徴を解析し、BRCA1/2変異の両アレル(対立遺伝子)の不活化の有無により異なった特徴がみられることを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院医学研究科乳腺外科の戸井雅和教授、腫瘍生物学講座の小川誠司教授らの研究グループによるもの。研究成果は、英国科学誌「Communications Biology」にオンライン掲載されている。
乳がんは女性で最も罹患率の高いがんで、そのうち一部は生殖細胞変異が原因となって発症する遺伝性乳がんがあることがわかっている。遺伝性乳がんは、欧米において全乳がんの約10%と報告があり、また中国では約9%と報告されている。
日本では5.7%との報告があるが、日本人を対象とした研究は少なく、また生殖細胞系列にある遺伝子異常を持つ症例に発症した腫瘍がどのような遺伝学的、臨床的特徴を持っているかについては十分に明らかになっていなかった。
研究グループは、京都大学医学部附属病院乳腺外科と17の関連施設から成るバイオバンク(2011年設立)に登録された乳がん症例のうち、適格基準を満たした1,995症例の血液細胞から採取したDNAを用いて、遺伝性乳がんの原因となり得ることが明らかになっている11遺伝子についてのゲノム解析を実施。さらに、生殖細胞系列に遺伝子異常を認めた症例については腫瘍組織についてもゲノム解析を行い、腫瘍細胞にみられる遺伝子変異(体細胞変異)、染色体コピー数異常について解析を行った。
画像はリリースより
BRCA1に遺伝子異常の症例、トリプルネガティブ乳がんが有意に多く
解析の結果、1,995症例のうち101例(5.1%)の症例で生殖細胞系列に病的遺伝子変異が検出され、これは日本人女性を対象とした既報と同等の結果だった。変異が同定された遺伝子としては、BRCA1/2がBRCA2:62例、BRCA1:15例と最も多く、合計して77例(3.9%)に病的遺伝子変異を認めた。
病的遺伝子変異のある症例では有意に発症年齢が若く(乳がん発症年齢中央値:病的遺伝子変異のある群で53歳、ない群で60歳)、BRCA1に遺伝子異常がある症例で有意にトリプルネガティブ乳がんが多い結果だった。
両アレル不活化症例、有意に発症年齢が若く、進行がんなどが多い
続いて、BRCA1/2変異を持った症例30例から発症した乳がんについてゲノム解析を実施。BRCA1/2遺伝子はがん抑制遺伝子であり、生殖細胞における変異に加えて、がん細胞ではそれぞれの遺伝子の正常なコピーにも異常が起こってがんを発症していると考えられる。解析の結果、大多数(77%)の症例では染色体コピー数異常により2つのBRCA1/2遺伝子に異常(両アレルの不活化)が認められたが、残りの23%の症例では正常のBRCA1/2遺伝子が残っていた(片アレルのみの不活化)。
BRCA1/2遺伝子の両アレルの不活化がみられる症例と片アレルのみの不活化のみられた症例を比較した結果、両アレルの不活化がみられる症例では、ヘテロ接合性消失(LOH)というタイプのコピー数異常がより広範囲に認められ、また高頻度にTP53変異(BRCA1変異例)、RB1遺伝子(BRCA2変異例)の変異が認められた。
TP53遺伝子、RB1遺伝子はそれぞれBRCA1、BRCA2と同じ17番、13番染色体上に位置しており、染色体異常によりこれらの遺伝子が同時に欠失することで腫瘍化に関わっていると考えられた。
また、臨床的特徴を比較すると、両アレルが不活化されている症例では有意に発症年齢が若いことがわかった。両アレルが不活化されている症例では進行がんやトリプルネガティブ乳がんが多い傾向があった。
今後の課題は、NCCNの基準に当てはまらない症例をいかに拾い上げるか
乳がん患者における生殖細胞系列の遺伝子検査を行う基準としては、National Comprehensive Cancer Network(NCCN)が提示している基準があるが、今回、生殖細胞変異を有していた症例のおよそ4分の1がこの基準に当てはまらなかった。研究グループは、患者を診察する際に、このように基準に当てはまらない症例をいかに拾い上げるかが今後の課題だとし、日本人データの蓄積によって日本人に適応できる予測モデルの構築が期待されるとしている。
また、poly ADP-ribose polymerase(PARP)阻害薬やプラチナ製剤がBRCA1/2の変異を有する乳がん症例の一部に有効であることが報告されているが、今後さらなる解析により、両アレルあるいは片アレルの不活化とこれらの薬剤による治療効果との関連などの解明が必要であると考えられる、と研究グループは述べている。
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・京都大学 研究成果