がん病理診断にテラヘルツ波を応用するには?
大阪大学は10月22日、レーザー光を非線形光学結晶に照射した際に局所的に発生する「テラヘルツ波」を利用して、0.5ミリ未満の早期乳がんを、染色せずに高い精度でテラヘルツイメージングすることに初めて成功したと発表した。これは、同大レーザー科学研究所の芹田和則特任助教、斗内政吉教授、同大学院工学研究科の岡田航介大学院生(博士後期課程)および仏ボルドー大学、ベルゴニエ研究所の国際共同研究グループによるもの。研究成果は、「Journal of Physics: Photonics」(オンライン)に掲載されている。
画像はリリースより
乳がんは、浸潤性のものと非浸潤性のものに大きく分けられる。浸潤性のがんはすでにがんが進行した状態だ。非浸潤性のがんはまだ進行が進んでいない初期の小さな乳がんで、非浸潤性乳管がん(DCIS)と呼ばれる。乳管内部でがん細胞が増殖し、放置しておくと悪性度の高い浸潤性のがんとして進行していく。そのためDCISの早期発見が重要だ。がんの病理診断では、化学物質を使った染色で組織を色分けし、その染色画像を使って病理医が診断をするが、この染色工程に手間と時間がかかることが課題となっている。また、DCISは、たとえ染色したとしても病巣そのものの見た目が浸潤性乳管がん(IDC)と類似していることから、正確な識別が難しいとされている。
テラヘルツ波は、周波数にして0.1~10テラヘルツの電磁波を指し、光と電波の中間帯に位置する。特にイメージングでは、X線とは異なり、物質を被曝させずに可視化することができることから、それに代わる安心安全な評価技術として注目されている。また、生体組織の計測に利用することで、がん組織と正常組織を、染色を行わずに識別することができるとされており、将来の新しいがん診断技術としても期待されている。しかし、従来のテラヘルツ計測では、テラヘルツ波をレンズで絞ってサンプルに照射させていたため、観察可能な領域が数ミリメートルから数センチメートル程度に制限されていた。そのためテラヘルツ波でDCISなどの早期がんを観察することはできなかった。
0.5ミリメートル未満のDCISを鮮明にイメージング、テラヘルツ波の強度分布の違いから早期乳がんと進行乳がんを評価可能に
研究グループは今回、非線形光学結晶に、フェムト秒(1フェムト秒は10~15秒)パルスレーザー光を照射した際にテラヘルツ波が局所的に発生することに着目した。ここで発生するテラヘルツ波は、その波長(1テラヘルツは約0.3ミリメートル)より数桁小さい点光源として扱うことができる。これとサンプルを直接相互作用させてイメージングを行うことで、従来難しかった0.5ミリメートル未満のDCISの鮮明なテラヘルツイメージングに初めて成功した。
具体的には、非線形光学結晶表面に転写した乳がん組織の下からレーザーを照射して、結晶の表面にテラヘルツ波を発生させる。このテラヘルツ波を走査させて乳がん組織のイメージングを行うというものだ。フランスチームが観測に適合した特殊な試料を準備することで成功した、国際共同研究の大きな成果である。
また、テラヘルツ波の強度分布がDCISとIDCで異なることを観測したことから、それらの定量的な識別が可能であることが示唆された。これらは、従来のテラヘルツ波によるがん測定と比較して、1,000倍近く精度よくがん組織をイメージングできていることになる。
病理診断だけでなく、MEMS技術を組み合わせたデバイスや内視鏡への応用も
今回の研究成果から、病理診断において、乳がんを含めたさまざまな早期がんを染色せずに迅速に診断できるようになり、オンサイト診断の実現が期待される。がんによっては治療を必要としない悪性度の低いがんも存在するとされており、それらを含めた定量的ながん診断の手法が確立することで、がんのグレードを判定する上でも役立つ可能性があり、機械学習と組み合わせることで、病理医の診断を強力にサポートすると考えられる。
「非線形光学結晶と試料を接触させる測定手法をとっているため、センサー部のコンパクト化が可能となり、フレキシブルなテラヘルツ医用診断デバイス開発も期待される。例えば、ファイバー光学系とMEMS技術を組み合わせることで、ハンドヘルド型のテラヘルツ診断デバイスやテラヘルツ内視鏡への応用も考えられる」と、研究グループは述べている。
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