ダミーではなく実際のウイルスに対するマスクの防御効果は?
東京大学医科学研究所は10月22日、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の空気伝播におけるマスクの防御効果とマスクの適切な使用法の重要性を明らかにしたと発表した。この研究は、同研究所感染・免疫部門ウイルス感染分野の河岡義裕教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「mSphere」オンライン版に掲載されている。
画像はリリースより
COVID-19の猛威はいまだ終息の兆しをみせず、2020年10月6日現在、既に世界中で3500万人以上が感染し100万人以上が犠牲となっている。COVID-19は会話中や咳などにおける飛沫を媒介として感染が拡大する。さらに、飛沫よりも小さな空気中を漂う粒子であるエアロゾルからもSARS-CoV-2の遺伝子が検出されており、ウイルスを含んだ飛沫やエアロゾルを介したSARS-CoV-2の空気伝播が起こりうると考えられている。
COVID-19の感染拡大を防ぐためCDC(米国疾病予防管理センター)やWHO(世界保健機関)のガイドラインにおいてマスクの着用が奨励されており、医療現場を含めさまざまな場所でマスクの使用が求められている。しかしながら、マスクの性能についてはラテックスビーズや塩化ナトリウムを試験粒子として捕集効率が評価されており、感染性を持ったウイルス飛沫やエアロゾルに対するマスクの防御効果についてはわかっていなかった。
特殊チャンバーを開発し、BSL3で実験
今回、研究グループは、空中に浮遊するSARS-CoV-2に対してマスクがどの程度の防御効果を持つかを検討するために、感染性のSARS-CoV-2を用いてウイルスの空気伝播をシミュレーションできる特殊チャンバーを開発した。このチャンバーはSARS-CoV-2を含め病原性の高い病原体を取り扱うことのできるバイオセーフティーレベル(BSL)3施設内に設置した。ウイルス噴霧チャンバーの中にマネキンを設置し、ネブライザーをつないでSARS-CoV-2を飛沫やエアロゾルとしてヒトの咳と同等の速度で口元から放出できるようにした。ウイルスを吸い込むマネキンには人工呼吸器をつないでヒトと同等の換気率で呼吸できるようにし、ゼラチン膜でできたウイルスを捕集する装置を呼吸経路に設置することで、マネキンが吸い込んだ空気に含まれるウイルス粒子を捕集できるようにした。
正しく装着したマスク、対面者への暴露量低減効果>吸い込み抑制効果
まず、吐き出す側のマネキンと吸い込む側のマネキンの両者の距離とウイルスの吸い込み量との関係について調べた。その結果、ウイルスを放出するマネキンから離れるにしたがって、SARS-CoV-2の吸い込み量が減少すると判明。一方で、1m離れていてもウイルスは吸い込まれることがわかった。
続いて、ウイルスを吸い込む側のマネキンに各種のマスクを装着させて、ウイルスの吸い込み量を調べた。その結果、布マスクを着用することでウイルスの吸い込み量がマスクなしと比べて60~80%に抑えられ、N95マスクを密着して使用することで10~20%まで抑えられることがわかった。一方で、N95マスクは隙間をふさいだ密着条件で使用しないとその防御効果が低下し、さらに、隙間を完全にふさいだとしても一定量のSARS-CoV-2がマスクを透過するということがわかった。続いて、反対にウイルスを吐き出させる側のマネキンにマスクを装着させてSARS-CoV-2を空間中に噴出させると、マスクの装着によりウイルスの吸い込み量が大きく低下することが明らかとなった。
このことは、マスクにはウイルスの吸い込みを抑える働きよりも対面する人への暴露量を減らす効果が高いことを示唆している。さらに、ウイルスを吐き出す側のマネキンに布マスクまたは外科用マスクを装着させ、吸い込む側のマネキンに各種のマスクを装着させると相乗的にウイルスの吸い込み量が減少することがわかった。
マスクのみではウイルスの吸い込みを完全には防げない
これらの実験では定量性を確保するために高濃度のウイルスを噴霧して解析が行われた。COVID-19感染者の呼気に含まれるウイルス量が不明であるため、噴霧するウイルス量を段階的に減らした実験も行ったところ、布マスク、外科用マスクならびにN95マスク着用時においてマスクを透過した感染性ウイルスはいずれも検出限界未満だった。一方で、ウイルスの遺伝子はどのマスク着用時においても検出された。実際の感染者から吐き出された感染性ウイルスがマスクを通過して、感染を引き起こすのかどうかについては今後の更なる解析が必要だが、マスクのみでは浮遊するSARS-CoV-2の吸い込みを完全に防ぐことができないことが示唆された。
研究グループは、今回の研究結果について、「マスクを密着させて適切に着用することの重要性の理解と、マスクの防御効果への過度の信頼を控え、他の感染拡大防止措置との併用を考慮する等の感染拡大防止に向けたガイドラインの作成に役立つことが期待される」と、述べている。
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・東京大学医科学研究所 プレスリリース