抗NMDAR脳炎患者が持つ遺伝的素因と抗NMDAR脳炎との関連性を明らかに
広島大学は10月20日、抗NMDAR脳炎を発症したIRAK4欠損症症例を、世界に先駆けて同定することに成功したと発表した。この研究は、同大大学院医系科学研究科小児科学の岡田賢教授、同小林正夫名誉教授、同西村志帆大学院生らの研究グループと、東京医科歯科大学、岐阜大学、筑波大学、かずさDNA研究所、およびSt. Giles Laboratory of Human Genetics of Infectious Diseases(ロックフェラー大学)との共同研究によるもの。研究成果は、「Journal of Clinical Immunology」に掲載されている。
画像はリリースより
TLR(Toll like receptor)は、病原体に特異的な分子パターンを認識する自然免疫に重要な受容体。ヒトでは10種類のTLRが存在し、IRAK4はTLR3を除く全てのTLRのシグナル伝達を介在している。病原体を認識したTLRは、IRAK4を介して下流の分子群(NF-κBやMAPKなど)を活性化し、その結果IFN-α/β、TNF-α、IL-6などの炎症性サイトカインが産生される。これらの炎症性サイトカインが免疫系を活性化させることで、病原体が排除される。
これらの自然免疫は、獲得免疫が未熟である乳幼児期の感染防御に重要な役割を果たしている。IRAK4欠損症は、常染色体劣性遺伝形式をとる非常にまれな疾患だ。TLR3を除く全てのTLRからのシグナル伝達が障害されており、肺炎球菌、ブドウ球菌などによる重篤かつ全身性の細菌感染症を好発する。感染症発症早期から適切な治療をしても救命できない重症例が多く存在することから、早期に診断して細菌感染症を適切に予防することが極めて重要となる。
抗NMDAR脳炎は、不安、抑うつ、幻覚妄想などの精神症状を特徴とする脳炎で、重症例は痙攣、中枢性低換気、遷延性意識障害などを発症する。卵巣奇形腫を認める若年女性に多く認められることから、発症に際して獲得免疫の関与が強く疑われている。そのため、獲得免疫が未熟な乳児期に発症することは極めてまれである。卵巣奇形腫以外に、単純ヘルペスウイルスやマイコプラズマなどによる感染症をきっかけに、抗NMDAR脳炎を発症する人もいる。このように、腫瘍や感染症が発症要因になることが知られている一方で、患者が持つ遺伝的素因と抗NMDAR脳炎との関連性を調査した研究は多くはなかった。
生後10か月で抗NMDAR脳炎を発症した症例をIRAK4欠損症と診断
研究グループは、獲得免疫が未熟な乳幼児期に抗NMDAR脳炎を発症した症例を経験していたことから、何らかの宿主要因が抗NMDAR脳炎の発症に関連するという仮説を立て、研究を実施した。
まず、生後10か月で抗NMDAR脳炎を発症した症例に対して、宿主の要因を検索するため、全エクソームシークエンス(WES)を行った。その結果、IRAK4遺伝子の複合ヘテロ接合性変異(p.Y10Cfs*9、p.R12P)が同定され、p.Y10Cfs*9は父由来、p.R12Pは母由来であることが判明した。IRAK4欠損症の患者では、TLR4を刺激するリポ多糖(LPS)に対する反応性が障害されることが知られている。この患者でも同様にLPSに対する反応性の障害が認められたことから、IRAK4欠損症と診断した。
IRAK4遺伝子変異がIRAK4の機能に及ぼす影響を簡便かつ正確に評価する手法を確立
次に、同症例で認めた2つのIRAK4遺伝子変異の報告が過去にないことから、それらの病的意義を確認するために、両変異がIRAK4の機能に及ぼす影響を検討した。しかし、これまでIRAK4遺伝子変異の病的意義を、簡便かつ正確に判断する解析方法は存在しなかった。
そこで研究グループは、IRAK4タンパクを欠損した細胞株(IRAK4欠損HEK293T細胞)を作製し、同定された両変異の解析を行った。IRAK4欠損HEK293T細胞に、正常ないしは変異型のIRAK4を導入したのち、IL-18刺激に対する反応性を測定することで機能解析を実施。その結果、両変異はIRAK4の機能を著しく障害する変異であることが判明した。
今回の研究成果により、早期発症の抗NMDAR脳炎の一部が先天性の免疫異常に基づいて発症している可能性が示唆された。今後、若年発症者を中心に抗NMDAR脳炎における宿主側の要因解明が進むことが期待される。また、今回開発したIRAK4欠損HEK293T細胞を用いた検査法は、病的意義が明確でないIRAK4遺伝子変異を評価する手法として、今後の活用が期待される。
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・広島大学 研究成果