体内で合成される硫化水素、脳での呼吸活動形成における役割は?
筑波大学は10月16日、脳での硫化水素の合成を抑えると、正常な呼吸を維持することができなくなり、息切れ時にみられる特徴的な呼吸に変化することが、ラットを用いた実験によりわかったと発表した。この研究は、同大医学医療系の小金澤禎史助教らの研究グループによるもの。研究成果は、「Communications Biology」に掲載されている。
画像はリリースより
硫化水素は、腐った卵や温泉などから発生する特徴的な刺激臭を伴ったガスとして知られている。また、生体にとっては有毒なガスとしても有名だ。しかしながら、体内には硫化水素を作り出すシステムが存在し、この生体ガスとしての硫化水素は、体内においてさまざまな役割を持っていることがわかってきた。特に、脳ではニューロン同士の情報のやりとりを調節する機能など、脳内の正常なシステムの維持に役立っているものと考えられる。
ニューロン同士の情報伝達、つまり、ニューラルネットワークにより作り上げられるものの1つとして、呼吸活動がある。通常、呼吸活動は、呼吸中枢におけるニューラルネットワークにより作り出されている。また、脳内で作り出される呼吸活動は、酸素の濃度変化などの生体内外の環境変化に適応するために、その活動パターンを変化させる。呼吸活動は生命を維持するのに極めて重要であるために、その調節システムの異常は、乳幼児突然死症候群などの重篤な病気へとつながることがある。そのため、脳における呼吸活動の形成メカニズムを理解することは、脳による呼吸の調節異常が引き起こす病気の原因解明にも重要な課題で、世界中で多くの研究者が研究に取り組んでいる。今回、研究グループは、体の中で合成される硫化水素が、脳による呼吸活動の形成に果たす役割を明らかにすることを目的として、研究に取り組んだ。
ラット脳で硫化水素合成を抑えると息切れのような呼吸に
まず、ラットの経血管灌流標本を用い、脳における硫化水素の合成を薬物で抑えたところ、正常な呼吸活動が維持できなくなり、息切れ時にみられるような特徴的な呼吸へと変化することがわかった。さらに、麻酔をかけたラットを用い、薬物により脳内の硫化水素の合成を抑えた場合でも、同様の呼吸変化が観察された。一方で、脳以外の組織において硫化水素の合成を抑えても、正常な呼吸活動は維持された。以上から、脳内で合成される硫化水素は、正常な呼吸の形成に必須であると考えられた。
さらに、脳内の硫化水素の合成を抑えた状態で、呼吸中枢の一部のニューロンにみられる自発活動を抑えた場合には、上記の特徴的な呼吸は見られなくなった。一方、脳内に硫化水素が存在している状態で、呼吸中枢ニューロンの自発活動を抑えても、正常な呼吸活動には影響しなかった。これにより、脳内の硫化水素は、ニューロン同士の情報伝達を強くすることでニューラルネットワークによる正常な呼吸の形成を支えている一方で、脳内の硫化水素の欠乏はニューロン同士の情報伝達を弱めることにつながり、結果として、呼吸中枢ニューロンの自発活動に基づく特殊な呼吸活動へと変化するものと考えられた。
さらに解析を進め、乳幼児突然死症候群などの予防法や治療法の開発へ
研究グループは、硫化水素が脳における呼吸活動の形成と調節に果たす役割をさらに明らかにするべく、研究を進めている。「今後は、呼吸中枢の個々のニューロンの役割の違いに着目し、硫化水素がそれぞれのニューロンにどのような役割を持っているのかを詳細に解析し、呼吸中枢における硫化水素の機能を明らかにしていく。これらの研究を通し、硫化水素の呼吸活動形成における役割を明らかにすることは、脳における硫化水素の一般的な機能を理解するとともに、乳幼児突然死症候群のような脳における呼吸形成異常によると考えられる疾患の新たな予防法や治療法の開発につながると考えている」と、研究グループは述べている。
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