2014年にジストロフィン遺伝子にout-of-frame変異をもつ「DMDラット」を独自に開発
東京大学は10月14日、デュシェンヌ型筋ジストロフィー(DMD)の病態悪化に、細胞老化という現象が関与することを世界で初めて見出したと発表した。これは、同大大学院農学生命科学研究科の杉原英俊大学院生、寺本奈保美大学院生、山内啓太郎准教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Scientific Reports」に掲載されている。
画像はリリースより
DMDはX染色体上に存在するジストロフィン遺伝子の変異により引き起こされる遺伝性の筋原生疾患。ジストロフィン遺伝子から作られるジストロフィンタンパク質は筋線維細胞膜の安定化に関わる重要な因子で、同遺伝子のout-of-frame変異によりジストロフィンタンパク質が全く作られないDMDでは筋肉の持続的な損傷や炎症を特徴とする。
研究グループは2014年にCRISPR/Cas法を用いて、ジストロフィン遺伝子に変異をもつラットを複数作製することに成功。それらを系統化したところ、1つの系統ではジストロフィン遺伝子にout-of-frame欠損が生じており、筋肉ではジストロフィンタンパク質の発現が消失していた。このラットの病態を経時的に評価したところ、進行性の体重減少や筋力の低下に加え、病態後期では筋肉の線維化や脂肪化が顕著になるなど、ヒト筋ジストロフィー患者に類似した重篤な表現型を示すことが判明した。そこで研究グループは、このラットをDMDの病態を適切に反映したDMDラットと位置付け、病態悪化機序の解明に取り組んだ。
DMDラットに老化した細胞を除去するABT263投与で病態の進行抑制
細胞は分裂を繰り返すうちにやがて分裂限界に達し、p16などの細胞分裂抑制因子を発現することで分裂を不可逆的に停止することが知られている。この現象を細胞老化と言うが、これまで細胞老化は培養細胞などでのみ観察される特殊な現象であると考えられてきた。しかし近年、細胞老化は炎症などのストレス環境によって、生体内でも誘導されることが明らかになってきた。さらに老化した細胞は分裂を停止するだけでなく、細胞自身の性質が変化し、さまざまな液性因子を分泌することで、周囲の細胞に悪影響を与えることもわかってきている。
研究グループは、持続的な炎症が見られるDMDラットの筋肉では、病態悪化とともにp16の発現が亢進し、細胞老化が誘導されていることを明らかにした。そこで、p16の発現を欠損させて細胞老化を抑制することを目的として、CRISPR/Cas法を用いてp16遺伝子にout-of-frame欠損を持つラットを作製し、これをDMDラットと交配させることで「p16欠損DMDラット」を作出した。p16欠損DMDラットは、通常のDMDラットに比べて体重・筋力の改善や、筋肉中の線維化や脂肪化の減少など、全身的な病態の回復が認められたという。
p16の欠損により細胞老化を抑制することができるが、同時にがん化のリスクを増大させてしまうという欠点があり、実際の治療に応用するためには解決すべき課題が残る。そこで研究グループは別の手法として、ABT263という薬剤を用いて老化細胞を除去することを試みた。同薬剤は老化した細胞特異的にアポトーシスを誘導することで、生体から老化細胞を除去することが知られている。DMDラットにABT263を経口投与したところ、筋肉中の老化細胞の数が減少することが確認された。さらに、ABT263の投与によって筋肉を構成する筋線維が太くなるとともに、病態悪化に伴って通常見られるはずの体重・筋力の減少が抑制されることが明らかになった。これらの結果から、細胞老化を遺伝学的手法や薬剤によって抑制することで、DMDの病態が改善することが示された。
最後に、ヒトDMD患者の筋肉においても、p16や、その他の細胞老化に関連する因子の発現が上昇していることを見出した。この結果は、ヒトのDMD患者でもDMDラットと同様に、細胞老化が病態悪化に関与する可能性を示していると考えられる。
細胞老化がDMDの新たな治療ターゲットとなる可能性
現在、DMDの治療法として、ステロイドのみが唯一有効な薬剤として使用されている。近年では、新たなDMDの治療法として、ジストロフィン遺伝子のout-of-frame型の変異をin-frame型の変異へと置換するエクソン・スキップと呼ばれる遺伝子治療法の開発も進められているが、DMD患者の遺伝子変異のパターンによっては使用できない場合もある。今回の研究では、細胞老化がDMDの新たな治療ターゲットである可能性が明らかになった。
今後の研究により、細胞老化の抑制や老化細胞の除去がヒトDMD患者でも有効であることが判明すれば、現在開発が進んでいる治療法に新たな選択肢を加えることで、治療の幅を広げることが期待される。また、老化細胞がDMDの病態悪化に関与する詳細なメカニズムを明らかにすることができれば、さらなる治療標的の開発にも結びつく可能性が考えられる、と研究グループは述べている。
▼関連リンク
・東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部 研究成果