胚中心B細胞から記憶B細胞への分化の運命選択は?
大阪大学は10月12日、ワクチン療法の基本原理である免疫記憶の中心を担う記憶B細胞が、胚中心B細胞より効率的に分化誘導されるメカニズムを明らかにすることに成功したと発表した。この研究は、同大免疫学フロンティア研究センターの井上毅特任准教授、黒﨑知博特任教授(理化学研究所生命医科学研究センター兼任)らの研究グループによるもの。研究成果は、「Journal of Experimental Medicine」に掲載されている。
画像はリリースより
新型コロナウイルスやインフルエンザウイルス感染に対する生体防御メカニズムの解明は社会的にも重要かつ喫緊の課題だ。B細胞、T細胞といったリンパ球は、細菌・ウイルスなどの微生物感染において、生体防御反応の中心的役割を担う。特に、細菌・ウイルスなどの2度目の侵入時に迅速に反応して抗原を除去する仕組みを「免疫記憶」と呼び、1度目の感染時に作られた記憶B細胞が記憶T細胞の助けをかりて素早くプラズマ細胞に分化し、効果的に抗原をブロック・除去する。記憶B細胞は主に2次リンパ組織の中で胚中心から産生されるが、胚中心B細胞はそのほかにも、プラズマ細胞に分化するもの、あるいは胚中心に留まってB細胞受容体遺伝子に変異を蓄積させるものも共存しており、これらにどのように分化の運命選択がなされているのか、そのメカニズムはわかっていなかった。
胚中心でBcl6+ CD38+記憶B前駆細胞の同定に成功
研究グループは、胚中心には記憶B細胞へ分化することが決定された記憶B細胞の前駆細胞が存在すると考え、胚中心B細胞の特徴を保ちつつも記憶B細胞の性質を獲得しはじめている細胞の同定を試みた。その結果、胚中心B細胞の機能に必須の転写因子Bcl6と、記憶B細胞のマーカーであるCD38の両方を発現する希少細胞集団を発見し、遺伝子発現の解析や細胞機能の解析などから、これが胚中心B細胞と記憶B細胞の中間状態の細胞、すなわち、記憶B前駆細胞であることを示した。
この細胞の性質を詳細に解析したところ、プラズマ細胞に分化する細胞や胚中心に留まる細胞と比較して、細胞の代謝制御を司るmTORC1タンパク質の活性が低かった。そこで、免疫応答時にB細胞のみでmTORC1活性を阻害できる実験系を開発し、胚中心B細胞の分化を解析。その結果、mTORC1活性を低減させたB細胞は記憶B細胞への分化が亢進した。また、研究グループはこれまでの研究で、転写因子Bach2欠損マウスは記憶B細胞産生が低下することを報告していたが、この研究でBach2欠損B細胞はmTORC1活性が上昇しており、このことが記憶B細胞分化が阻害されている原因の一つであることもわかった。
Bcl2発現上昇と低く保たれたmTORC1活性が記憶B細胞分化に重要
さらに研究グループは、記憶B前駆細胞は胚中心B細胞と比較して細胞表面のB細胞受容体の発現量が高く、その結果細胞の生存因子の1つであるBcl2の発現が上昇していることも発見。これまでの研究から、胚中心においてB細胞受容体の抗原親和性の高い細胞はプラズマ細胞に分化しやすく、親和性の低い細胞は記憶B細胞に分化しやすいことがわかっていたが、今回の研究結果から、低親和性B細胞はT細胞ヘルプを少ししか受け取れないためmTORC1活性は低く保たれる一方、B細胞受容体の発現が高くなることでより細胞の生存に有利にはたらいていることがわかり、この2つのメカニズムが、休止状態で長寿命である記憶B細胞へ分化するために重要な役割を果たしていることが明らかになった。
HIVやインフルエンザウイルス感染においては、胚中心B細胞が抗体遺伝子に再度変異を獲得し、適切な抗原親和性を持つ抗体を発現する能力を記憶B細胞として保持していくことで変異ウイルスに対する生体防御能が発揮されると考えられている。今回の研究による記憶B細胞分化メカニズムの解明について研究グループは、「例えば現行のインフルエンザワクチンではなぜ変異ウイルスに対する有効な記憶B細胞を誘導できず、毎年のワクチン接種が強いられるのか、といった問いに答えるための基盤的データを提供するものであり、将来的に革新的なワクチン開発につながる可能性がある」と、述べている。
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