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日本人の冠動脈疾患発症リスクを予測する遺伝的リスクスコアを作成-理研ほか

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2020年10月07日 PM12:30

ヨーロッパ人集団にはない遺伝的変異と冠動脈疾患との関連を明らかに

)は10月6日、国際的な大規模ゲノム解析により、冠動脈疾患に関わる疾患感受性座位を新たに同定し、日本人における冠動脈疾患の発症リスクを予測する遺伝的リスクスコア()を作成したと発表した。この研究は、理研生命医科学研究センター循環器ゲノミクス・インフォマティクス研究チームの伊藤薫チームリーダー、小山智史特別研究員、久保充明副センター長(研究当時)、東京大学の小室一成教授、鎌谷洋一郎教授、油谷浩幸教授、村上善則教授、野村征太郎特任助教らの国際共同研究グループと、京都大学ゲノム医学センター、、OACIS研究が共同で行ったもの。研究成果は、「Nature Genetics」オンライン版に掲載されている。

冠動脈疾患とは、心筋梗塞、狭心症など、心臓に栄養を送る冠動脈に狭窄や閉塞を来す疾患の総称であり、その背景には高血圧・脂質異常症など、動脈硬化を進行させる病態が存在する。冠動脈疾患は世界の死因の第一位を占めることから、原因を理解し、有効な予防・治療方法を確立することが求められている。また、遺伝性が高い疾患であり、これまでに多くの研究が行われ、遺伝的変異と冠動脈疾患との関連が多数報告されてきた。冠動脈疾患との強い関連が示されたPCSK9遺伝子については、それをターゲットとした治療薬の開発に成功している。また最近では、遺伝情報だけから作成される「遺伝的リスクスコア(GRS)」が、疾患発症を高い精度で予測することが明らかになってきた。


画像はリリースより

このように、遺伝情報に基づいて病気の成り立ちを理解すること、治療薬を開発すること、病気の発症リスクを予測することは、今後、冠動脈疾患の医学・医療を進歩させるために重要な役割を果たすと期待されている。しかし、これまでの研究はヨーロッパ人集団を主な対象としており、それらの研究成果が日本人を含む東アジア人集団にも適応可能かどうかについては明らかではなかった。また、遺伝的変異の分布には民族差が大きいことが知られているが、ヨーロッパ人集団にはない遺伝的変異と冠動脈疾患との関連については、これまで十分に研究されていなかった。

今後、日本において遺伝情報に基づいた冠動脈疾患の医療を展開するにあたり、日本人を対象にしたデータの作成は重要な課題だ。そこで研究グループは、・ジャパンに登録されている約17万人の被験者を対象に、冠動脈疾患の発症に関わる遺伝的変異を探索した。

もやもや病と冠動脈疾患との関連、PCSK9遺伝子の働きを低下させる日本人特有の変異も発見

研究グループは、バイオバンク・ジャパンに登録されている約2万5,892人の冠動脈疾患患者と14万2,336人の対照群、合わせて約17万人のゲノム配列を比較し、冠動脈疾患の患者に特徴的に見られる遺伝的変異を網羅的に検出するゲノムワイド関連解析(GWAS)を行った。同研究は、非ヨーロッパ人集団を対象とした冠動脈疾患に関するGWASとしては、世界最大規模のプロジェクトだという。

GWASの実施に先立ち、まず、4,417人の日本人の全ゲノムシークエンスのデータを用いて、遺伝型インピュテーションのためのリファレンスパネルを新しく開発。このリファレンスパネルは、日本人に特異的なレアバリアントを多く含み、民族集団が一致していることから、これまでの約2倍の遺伝的変異について推定することができた。

この高密度に推定された遺伝情報を用いて、GWASを行った結果、ゲノム全体にわたる48の冠動脈疾患に関わる疾患感受性座位と73の遺伝的変異を同定した。48の疾患感受性座位のうち8領域は、これまでのヨーロッパ人集団を対象とした研究では同定されていなかった。17番染色体に存在するRNF213遺伝子のミスセンス変異は、これまで小児で見られるもやもや病の原因遺伝子の変異として知られていた。日本での先行研究で冠動脈疾患との関連が報告されていたが、今回の研究によって、GWASの枠組みとしては初めて冠動脈疾患との関連が示された。この理由として、このミスセンス変異がヨーロッパ人集団には存在せず、これまでのヨーロッパ人集団を対象としたGWASでは評価できなかったことが挙げられるという。

通常、GWASで発見される疾患に関連する遺伝的変異のオッズ比は1.1-1.2と小さなものがほとんどである。その原因として、これまでのGWASでは集団内頻度1%以下の遺伝的変異の病原性を精密に推定できなかったことが挙げられる。今回の研究では日本人に特化したリファレンスパネルを使用したため、低頻度(集団内頻度1%以下)から超低頻度変異(集団内頻度0.1%以下)の病原性を精密に推定することができた。病原性に最も強く影響したのは、コレステロール代謝に重要なLDL受容体の働きを大幅に低下させる遺伝的変異(ストップゲイン変異、LDLR p.K811X、集団内頻度0.038%)だった。この変異は、冠動脈疾患を発症するリスク(オッズ比)が5と強い影響を示した。この変異を持つと、持たない人に比べ冠動脈疾患を発症する可能性が5倍になると解釈できる。また、この変異を持つと血清総コレステロール値が平均57mg/dL上昇することも判明した。

一方で、冠動脈疾患に保護的な変異も検出された。PCSK9遺伝子は、LDL受容体の働きを阻害して冠動脈疾患の発症を促進することが知られている。PCSK9遺伝子の働きを低下させる遺伝的変異(ミスセンス変異、PCSK9 p.R93C)を持つと、血清総コレステロール値が平均20mg/dL低下し、オッズ比が0.6に低下することが示された。さらに、これらの変異は日本人特有のものであり、他の民族集団には見られないことが明らかになった。

冠動脈疾患と関連を示す疾患感受性座位を新たに35同定

次に、日本人のGWASの結果(約17万人)をヨーロッパ人集団のGWASの結果(CARDIoGRAMplusC4D研究の約18万人、UKバイオバンクの約30万人)と統合し、計60万人を超える世界最大規模の冠動脈疾患における民族横断的GWASを行った。その結果、冠動脈疾患と関連を示す175の疾患感受性座位を同定した。このうち35領域は新たに同定されたもので、その中には冠動脈疾患における最も重要な治療薬であるスタチン系脂質異常治療薬のターゲットであるHMGCR遺伝子が含まれていた。このように、今回見つかった疾患感受性座位の中には、冠動脈疾患の治療薬のターゲットとして有用な遺伝子が含まれている可能性があり、今後の治療薬開発において重要な情報になると考えられる。

続いて、今回得られた遺伝的変異と疾患の関連解析結果を用いてGRSを作成し、その予測性能を日本のゲノムコホート(JPHC研究、J-MICC研究、)で調べた。特定の民族集団のGWASの結果から算出したGRSは他民族集団には適合せず、予測性能が低いことは以前から知られていた。同研究においても、ヨーロッパ人集団のGWAS結果から作成したGRSは、日本人のGWAS結果から作成したGRSと比較して、日本人における予測性能が低いことが確認された。そこで、民族横断的GWASの結果を用いてGRSを作成したところ、民族横断的GRSの性能は、日本人データによるGRSやヨーロッパ人集団データによるGRSを上回ることがわかった。

GWASはこれまでヨーロッパ人集団を対象に多く行われてきたため、ヨーロッパ人集団のデータは豊富に蓄積されているが、アジア人を含む非ヨーロッパ人集団のデータは少なく、非ヨーロッパ人集団ではGRSによるリスク予測の恩恵を受けにくいという点が問題視されていた。今回の結果は、今後非ヨーロッパ人集団におけるGRSを作成するにあたって、既存データの統合が有効であることを示している。

日本人向けに最適化された冠動脈疾患のGRSが精密医療の実現に貢献する可能性

今回の研究で新たに同定された疾患感受性座位は、今後の冠動脈疾患の病態の理解、治療薬の発見において重要な情報を提供すると考えられる。

「日本人向けに最適化された冠動脈疾患のGRSは、今後の遺伝情報に基づく精密医療の実現において有効に活用されると期待できる」と、研究グループは述べている。(QLifePro編集部)

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