「新奇性」が脳内でどのように処理され、脳機能にどのような影響を与えているのか?
理化学研究所(理研)は10月1日、マウスが新しい環境や個体に遭遇すると、これらの「新奇性」の情報が脳の視床下部にある乳頭上核から異なるルートで海馬の別々の領域に伝わることで、新奇性のタイプに応じて行動できることを発見したと発表した。これは、理研脳神経科学研究センター神経回路・行動生理学研究チームのシュオ・チェン基礎科学特別研究員(研究当時)、トーマス・マックヒューチームリーダーらの国際共同研究グループによるもの。研究成果は、「Nature」に掲載されている。
画像はリリースより
動物が生きていく上で、それまで経験したことのない新しい物事を認識することは重要な能力だ。このような「新しさ」の情報、いわゆる「新奇性」を利用することで、ヒトも含めた動物は「注意を向ける」「知覚する」「記憶する」などの脳機能を発達させてきた。一方で、新しい環境、新しい個体との出合いなど、動物が遭遇する新奇性にもさまざまなタイプがあるが、そうした新奇性が脳内でどのように処理され、注意、知覚、記憶などの脳機能にどのような影響を与えているのかはわかっていない。
これまでの知見から、進化的に古い脳である皮質下領域が新奇性の検出に関与することが示唆されてきたが、具体的な回路やメカニズムについては不明だった。
海馬のCA2につながる群は社会的新奇性情報、歯状回につながる群は環境的新奇性情報を伝達
研究グループは、皮質下領域の中でも視床下部が進化的によく保存されており、記憶などに関与する大脳皮質や海馬とも密につながっていることに注目し、マウスが新しい環境や新しい個体に遭遇している最中の脳内の視床下部の活動を網羅的に調べた。
そこで、マウスに環境的新奇性と社会的新奇性を提示している間の乳頭上核内の神経活動を、電気生理学的手法を用いて記録した。記録した156個の細胞のうち82%は興奮性神経細胞で、新奇性に対応して活動を変化させており、その半数以上の細胞はどちらか一方の新奇性にだけ反応していた。この結果から、乳頭上核内は新奇性のタイプを判別してその情報を高次の脳領域に伝えることで、認知機能に関与している可能性が示された。
乳頭上核の働きを調べるには、この非常に小さな脳部位の活動を操作する必要があるため、乳頭上核特異的に遺伝子発現を制御できるSuM-Creマウスを開発した。このSuM-Creマウスを用いて乳頭上核の神経細胞に黄緑色蛍光タンパク質EYFPを発現させ、その投射先を調べたところ、乳頭上核の神経細胞は海馬のCA2と歯状回(DG)にそれぞれつながる2つの細胞群に分かれていることがわかった。
次に、この2つの異なる回路を形成する細胞群が、タイプの異なる新奇性の情報を伝えている可能性を調べた。SuM-Creマウスの海馬CA2に、神経細胞の末端から細胞体へ逆向きに運ばれるウイルスベクターに赤色蛍光タンパク質mCherryを導入したものを注入し、CA2につながる乳頭上核の神経細胞を赤色蛍光タンパク質で可視化した上で、このマウスに環境的新奇性と社会的新奇性を別々に提示した。
2つのタイプの新奇性によって活動した細胞をc-Fosの抗体染色によって緑色蛍光で可視化し、これが赤色蛍光タンパク質で標識されたCA2につながる乳頭上核の神経細胞と一致するかどうか調べた。その結果、CA2につながる乳頭上核の神経細胞は、社会的新奇性で活動した細胞とは一致したが、環境的新奇性で活動した細胞では一致しなかった。同様の実験により、海馬の歯状回へとつながる乳頭上核の神経細胞を赤色蛍光タンパク質で標識し、2種類の新奇性を提示して活動した神経細胞を同定したところ、歯状回につながる乳頭上核の神経細胞は、環境的新奇性で活動した細胞と一致したが、社会的新奇性では一致しなかった。この結果から、乳頭上核の神経細胞のうち、海馬のCA2につながる群は社会的新奇性情報を、海馬の歯状回につながる群は環境的新奇性情報を伝えている可能性が示された。
環境的新奇性の情報はSuM-DG回路を介して伝わると判明
最後に、乳頭上核からCA2につながる回路(SuM-CA2回路)と乳頭上核から歯状回につながる回路(SuM-DG回路)の活動を、光遺伝学を用いて制御し、その働きを調べた。マウスはこれまで出合ったことのない新しい個体に遭遇すると、頻繁にその個体と接触して高い社会的相互作用を示すが、慣れ親しんだ個体とはそれほど接触せず、社会的相互作用は変化しない。光に反応して神経活動を不活性化するタンパク質eNpHRを、マウス脳内の乳頭上核に発現させCA2領域に光を照射し、SuM-CA2回路だけを不活性化しながら新しい個体と過ごさせても、高い社会的相互作用は示さなかった。このことから、このSuM-CA2回路不活性化マウスは新しい個体を認識できなくなっていることがわかった。
反対に、光に反応して神経活動を活性化するタンパク質ChR2を、マウス脳内の乳頭上核に発現させCA2領域に光を照射し、SuM-CA2回路だけを活性化すると、このSuM-CA2回路活性化マウスは慣れ親しんだ個体に対しても高い社会的相互作用を示し、新しい個体に対するような行動をとった。同様の実験で、SuM-DG回路を光遺伝学により活性化、不活性化しても、新しい個体と慣れ親しんだ個体の認識に変化は見られなかったことから、社会的新奇性の情報はSuM-CA2回路を介して伝わっていることが示された。
マウスを新しい環境に置くと活発な探索行動を取るが、慣れた環境では探索行動は減少する。光遺伝学の手法でSuM-DG回路を不活性化すると、マウスは新しい環境に置かれても、活発な探索行動を取らなかった。反対にSuM-DG回路を活性化すると、マウスは慣れ親しんだ環境でも、活発に探索行動を取り、新しい環境に置かれたように行動した。同様の実験で、SuM-CA2回路を活性化、不活性化しても、新しい環境と慣れ親しんだ環境の認識に変化は見られなかった。これらの結果から、環境的新奇性の情報はSuM-DG回路を介して伝わっていることが示された。
以上の結果から、マウス脳内の乳頭上核内から海馬の歯状回、CA2という異なる領域へつながる2つのルートが存在し、それぞれ環境的新奇性、社会的新奇性という異なるタイプの新奇性の情報を伝えていることがわかった。
今回の知見が、認知機能メカニズムの解明につながる可能性
今回の研究で、動物が新しい物事に遭遇する際に、新奇性のタイプに応じて視床下部乳頭上核内の異なる細胞群がそれぞれ海馬の別の領域に情報を送ることで、異なるタイプの新奇性を認識し、行動できることがわかった。新奇性のタイプを認識し適切に行動することは、動物の生存に不可欠であることから、乳頭上核を介した神経回路がヒトでも同様の役割を果たしている可能性がある。
今後、乳頭上核内の細胞群が、どのようにして異なるタイプの新奇性を判別しているのか、また異なるタイプの新奇性の情報が海馬の働きにどのような影響を与えるのかについてさらに研究を進めることで、注意や記憶といった認知機能メカニズムの解明につながると期待できる。
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・理化学研究所 研究成果