胚細胞腫瘍は、治療成績の向上と晩期障害の軽減が課題
東京大学医学部附属病院は9月30日、小児の胚細胞腫瘍51例のDNAメチル化や遺伝子発現、コピー数、遺伝子変異などのゲノム、エピゲノムに認められる異常の全体像を解明し、分子標的治療の対象となりうる遺伝子を同定したと発表した。この研究は、同大医学部附属病院小児科の久保田泰央医師、滝田順子准教授(研究当時、現 京都大学大学院医学研究科 発達小児科学 教授)らの研究グループによるもの。研究成果は、「Communications Biology」に掲載されている。
画像はリリースより
胚細胞腫瘍は幼児期の小児と若年成人に発症が多く認められる腫瘍性疾患だが、未だ発症の原因は明らかではない。胚細胞腫瘍には複数のサブタイプが存在し、サブタイプによって多少の差はあるが、全体的な治療成績としては7~8割程度と悪性腫瘍の中では比較的良好だ。しかし、遠隔転移を伴う例は、伴わない例と比較すると治癒率が悪く、既存の治療に抵抗を示す難治性の症例が存在することが知られている。また、悪性腫瘍に対して抗がん剤や放射線で治療を行った小児の中には、後年になって晩期障害を合併することが近年問題となってきている。加えて、胚細胞腫瘍は性腺に発症することが多いことから、手術によって性腺を摘出した場合は性腺機能の低下やそれに伴う将来的な不妊症も懸念される。成人発症のものはその大部分が成人男性の精巣に発症するものであり、成人例は小児例よりも治癒率が悪いことが知られている。これらの問題を克服するには、予後の悪い群に対する新規治療や治療の層別化に用いることのできる指標の開発が重要であり、そのためには胚細胞腫瘍の分子病態の解明が必須だと考えられる。しかし、小児胚細胞腫瘍に関しては、DNAのメチル化や遺伝子の発現などを散発的に行った研究はあるが、統合的なゲノム解析に関する研究はこれまでなかった。
統合的なゲノム解析を実施、ゲノム/エピゲノム異常の全体像を解明
そこで今回、研究グループは、次世代シーケンサーとマイクロアレイを用いてDNAメチル化や遺伝子発現、遺伝子変異、コピー数などのゲノム、エピゲノムに見られる異常の全体像を解明した。この解析は、小児胚細胞腫瘍の大規模検体を用いた統合的ゲノム・エピゲノム解析としては世界で初めてであり、腫瘍組織51検体からDNA、RNAを抽出して、それぞれの解析を行った結果、主に以下のようなことが明らかとなった。
(1)胚細胞腫瘍はサブタイプごとに特徴的なDNAメチル化パターンを有しており、このパターンはそれぞれの分化度に対応していた。胚細胞腫瘍のサブタイプの一つである卵黄嚢腫瘍は年少児と年長児で異なるDNAメチル化パターンを有しており、年少児と年長児では異なる生物学的特徴を有していることが示唆された。
(2)DNAメチル化と同様に遺伝子発現もサブタイプに応じたパターンを有していたが、最も未分化なサブタイプであるジャーミノーマと分化が進んだ胎児性がんは同様の発現パターンを有しており、共通の発がんメカニズムを有していると考えられる。
(3)胚細胞腫瘍のサブタイプであるジャーミノーマ、奇形種、卵黄嚢腫瘍はそれぞれ発症部位、年齢によって異なるコピー数異常を有しており、これらの異常によって更に細分化できると考えられる。
(4)ジャーミノーマはKIT遺伝子、胎児性がんはTNFRSF8遺伝子、卵黄嚢腫瘍はERBB4遺伝子にそれぞれ特徴的な遺伝子変異、発現パターンを有しており、これらの遺伝子は分子標的治療の対象となり得る。
分子標的治療の対象となる遺伝子を同定、有効性の検証へ
今回、これまで明らかではなかった小児胚細胞腫瘍それぞれのサブタイプのプロファイリングを行い、各サブタイプのゲノム、エピゲノム異常の特性を明らかにしたことは、分子病態の理解に大きな進展をもたらすのみならず、今後の治療を行う上で極めて有用である。加えて、分子標的治療の対象となる遺伝子を見出したことは、抗がん剤や放射線の減量、抗がん剤使用に伴う晩期障害の軽減など、これらのサブタイプに対する治療の最適化を目指す上で非常に重要だと考えられる。
なお、成人胚細胞腫瘍のDNAメチル化に関する公開データを用いて同様の解析を行ったところ、成人胚細胞腫瘍においても同様の結果が得られたことから、小児胚細胞腫瘍と成人胚細胞腫瘍はDNAメチル化においては共通の生物学的特徴を有すると考えられる。すなわち、小児のみならず成人の胚細胞腫瘍に対する治療成績の向上も期待できる。研究グループは今後、今回の研究によって明らかとなった治療標的に対する分子標的治療薬を用い、マウスなどの実験を通じて有効性を検証し、有効性が示されたものに対しては臨床試験での導入を目指していく予定だとしている。
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・東京大学医学部附属病院 プレスリリース