消毒用アルコールでは不活化できないとされていたヒトノロウイルス
大阪大学は9月28日、ヒトiPS細胞株由来腸管上皮細胞を用いたヒトノロウイルス増殖系を用いて、pHを酸性、もしくはアルカリ性に傾けた消毒用アルコールに、ヒトノロウイルスをほぼ完全に不活化しうる効果があることを確認したと発表した。この研究は、同大微生物病研究所の佐藤慎太郎特任准教授(常勤)(大阪市立大学大学院医学研究院・ゲノム免疫学・准教授を兼務)らの研究グループによるもの。研究成果は、英国科学誌「Scientific Reports」に掲載されている。
ヒトノロウイルスは、ヒトにのみ感染し、下痢や嘔吐の症状を引き起こす感染症ウイルス。最近まで、このウイルスをヒトの体外で増やすことはできなかった。そのために、ヒトノロウイルス感染症の研究はほとんど進んでおらず、不活化の条件や、除染、消毒薬の効果は、その近縁であるマウスノロウイルスやネコカリシウイルスを代替ウイルスとして用いて検証されてきた。
現在、エンベロープを持たないヒトノロウイルスは、洗剤に含まれる界面活性剤はもとより、塩化ベンザルコニウムのような逆性石けんや消毒用アルコールでは不活化されないと考えられている。アルコールの抗菌作用を増強させる手段として、pHを下げることが知られているが、この酸性アルコールが上記の代替ウイルスを不活化する効果があるとして、日本国内ではヒトノロウイルスにも効果があることを想像させる名称の商品が販売されている。しかし、マウスノロウイルスに感染したマウスは下痢症状を示すことはないことから、その性状が実際にヒトに感染するヒトノロウイルスと大きく異なることも考えられ、酸性アルコール製剤が実際にヒトノロウイルスを不活化できるかどうかは明らかになっていなかった。
画像はリリースより
例年の最流行型GII.4、中性のアルコール処理でほぼ完全に不活化
佐藤特任准教授らの研究グループは、先行研究により、倫理的制約をほとんど受けないヒトiPS細胞株から作製した腸管上皮細胞を用いて、ヒトノロウイルス増殖系を開発し、これを利用して、加熱や次亜塩素酸ナトリウムによってヒトノロウイルスが不活化されることを実証している。
今回の研究では、同様の手法を用いて実験を行い、約200万個のヒトノロウイルス粒子を含む溶液に対して、3倍から9倍の容量の酸性、もしくはアルカリ性アルコールで30秒間処理することで、ヒトノロウイルスがほぼ完全にその感染、増殖能を失うことを明らかにした。また、例年の最流行型であるGII.4においては中性のアルコール処理でもほぼ完全に不活化された。
ヒトノロウイルスは、患者の便や吐瀉物といった有機的汚れの中に大量に含まれるが、これら有機物の存在が除染剤の効果を打ち消す。実際に、有機的汚れとして5%の肉エキスを含むウイルス溶液を酸性アルコールで処理した場合、その不活化効果は失われていた。また、酸性アルコールにタンパク質凝集作用(塩析効果)の強い無機塩として硫酸マグネシウムを0.1%添加すると、5%肉エキスを含むヒトノロウイルスをも不活化できることが判明した。
アルコールの抗菌、抗ウイルス作用のメカニズムは未だに明らかにされていないが、これらの結果は、ウイルス粒子周りの有機物が硫酸マグネシウムによって取り除かれることで、アルコール分子がウイルスに作用することが可能となったためと考えられる。
ノンエンベロープウイルスに効果と称した国内販売の消毒用アルコール、ほとんど効果が無いものも
エンベロープを持たないウイルス(ノンエンベロープウイルス)にも効果があるとうたわれている、日本国内で販売されている4種類の消毒用アルコールのヒトノロウイルスに対する効果を検証。その結果、アルコール濃度やpHがさほど変わらないにもかかわらず、2種類に関してはほとんど効果が無いことも明らかになった。
研究グループはこの結果について、「それぞれの商品に含まれる添加剤がアルコールの抗ウイルス効果を阻害していると考えられる」としている。
中性域を外した消毒用アルコール、次亜塩素酸ナトリウムと同程度にヒトノロウイルス不活化効果
ヒトノロウイルスは感染性や消化管内での増殖能が極めて高く、100個程度のウイルス粒子が口に入っただけでも症状を呈す場合がある。そのため、保育施設や病院、高齢者介護施設などで集団感染が起きやすく、患者から排出された便や吐瀉物などの処理には大量の次亜塩素酸ナトリウムを用いて徹底的に行う必要がある。しかし、次亜塩素酸ナトリウムは皮膚や粘膜に対して刺激が強く、また漂白作用、腐食作用も強いため、手指の消毒や衣服、金属類の除染には用いることはできない。
今回の研究成果により、中性域を外した消毒用アルコールには、次亜塩素酸ナトリウムに引けを取らないヒトノロウイルス不活化効果があることが実証された。酸性、アルカリ性アルコールは食品添加物のみで作製することができ、従来の消毒用アルコールと同様に手指消毒剤として使用することができる。また、次亜塩素酸ナトリウムによって変色や腐食を起こすようなものの除染に使用することも可能だという。
現在、アルコール製剤に限らず、ヒトノロウイルスの不活化を定量する方法、規格は策定されていない。それ故に、過剰な次亜塩素酸ナトリウムを用いた汚物の処理方法が推奨されていたり、ノンエンベロープウイルスに効果はあるものの、ヒトノロウイルスに対しては効果の無い商品が販売されていたりする可能性がある。同研究成果を用いて、ヒトノロウイルスの増殖能を指標とした不活化法の基準化や、消毒、除染剤の検定を行うことが期待される、と研究グループは述べている。
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