新型コロナ感染に関わるタンパク質をコードする遺伝子配列のデータを、地域・民族間で比較・検討
北海道大学は9月18日、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)の感染に関わる7つのタンパク質(ACE2、TMPRSS2、カテプシンB/L、TLR3/7/8)をコードする遺伝子に、地域・民族間による差があるかを調べ、ウイルス感染の初期メカニズムに差異が生じているかを比較・検討した結果を発表した。これは、同大大学院歯学研究院薬理学教室(飯村忠浩教授)の李智媛助教とボストン小児病院のInHee Lee先生、ハーバード大学医学大学院のSek Won Kong教授らの共同研究グループによるもの。研究成果は、「Infection, Genetics and Evolution」誌に掲載されている。
画像はリリースより
SARS-CoV-2感染症(COVID-19)は、2020年3月以来、世界的な流行となっている。疾病率や死亡率には地域差があり、アメリカ合衆国においては、アフリカ系やラテン系の感染者の死亡率が、他の種族・民族系と比べて有意に高いことが示されている。これらの要因として、遺伝的な背景の違いがあることが考えられる。
今回研究グループは、SARS-CoV-2が人体内の細胞に感染する際に関与する7つの分子(タンパク質)の設計図である遺伝子をデータベースから比較し、地域・民族間に遺伝的多様性や感染成立メカニズムに差異があるかを調べた。
SARS-CoV-2は、とげ状の突起(スパイクタンパク質:Sタンパク質)を持った殻が、ウイルス遺伝子であるゲノムRNAを包むような構造をしている。ヒトの細胞に感染する際には、まず、このSタンパク質がヒトの細胞表面のACE2というタンパク質に結合する。次に、ウイルスが細胞に侵入するためには、TMPRSS2やカテプシンB/カテプシンLというタンパク質(酵素)によって、Sタンパク質が2つに切断されることが必要となる。ウイルスが細胞内に侵入すると、ウイルスのゲノムRNAが細胞内に取り込まれる。ウイルスRNAは、TLR3/TLR3/TLR8といったタンパク質(受容体)に結合する。これらの受容体への結合は、自然免疫反応を引き越こす。今回の研究では、これらSARS-CoV-2の感染に関わる7つのタンパク質をコードする遺伝子配列に関する大量のデータを、地域・民族間で比較・検討した。
アミノ酸配列に地域・民族における差が見られたが、ACE2タンパク質の機能に影響を与えるものではない
研究では、3つの大規模ヒト遺伝子多様性データベース(gnomAD、Korean Reference Genome Database:韓国人遺伝子多様性データベース、TogoVar:日本人遺伝子多様性データベース)及び3つの全ゲノム配列データベース(1000Genomes Projects、Gene-Tissue Expression、Simons Genome Diversity Project)を総合的に探索し、SARS-CoV-2の感染に関わる7つのタンパク質をコードする遺伝子に、地域・民族による差があるかについて調べた。さらに、遺伝子配列及びタンパク質の構造・機能情報から、これら7つのタンパク質に、機能的な差異があるかどうかを検討した。
ACE2タンパク質の全アミノ酸配列のうち、SARS-CoV-2との結合に直接関与するのは33個のアミノ酸だが、この33個のアミノ酸をコードする遺伝子配列には19種類の遺伝子バリアントが発見され、その平均の発生率は0.03%だった。そのうち、K26Rというバリアント配列が最も多く(0.39%)、しかも地域・民族間で差異があった。この配列の最も少ないのが東アジア系(0.007%)で、最も多いのが非フィンランド欧州系(0.59%)だった。しかし、このアミノ酸置換変異は分子構造から見て、ACE2タンパク質の機能に影響を与えるものではないと予想された。
さらに、K31Kというバリアント配列は東アジア系に多く(0.022%)、韓国人(0.029%・解析ゲノム数=1722)と比較しても、特に日本人(0.23%・解析ゲノム数=3552)に圧倒的に多く見られた。このバリアントは、アミノ酸配列に変化をもたらすものではないので、ACE2タンパク質の機能に変化はないという。他の遺伝子バリアントは、いずれも頻度が少ない(0.1%以下)ものであり、アミノ酸置換を伴わないものやアミノ酸置換を伴うものでも、分子構造からみて、ACE2の機能に変化をもたらすものではなかった。したがって、SARS-CoV-2とACE2タンパク質の結合能に、地域・民族間で差はないと結論付けられた。
ヒトの細胞の最初の結合や、初期自然免疫応答に関わる分子群の遺伝子配列に地域・民族間の差はなし
同様に、TMPRSS2、カテプシンBやカテプシンLの酵素活性や、TLR3、TLR7、TLR8のウイルスゲノムRNAとの結合能力に注目した解析を行った結果、それぞれのタンパク質をコードする遺伝子には機能異常を生じるような遺伝子変異が見つかるものの、いずれも0.01%の頻度であり、地域的・民族的な差は見られなかった。
また、ACE2とTLR7の遺伝子のサイズから計算し予想される機能欠失型異変位の数は、それぞれ31個と、20.7個だったが、実際に今回のデータ解析で発見されたのは、それぞれ3個と2個だった。このことは、ヒトの進化の過程で、これらの2つの分子の機能を維持するような進化圧(選択圧)があったと考えられるという。以上のことから、SARS-CoV-2とヒトの細胞の最初の結合や、初期自然免疫応答に関わる分子群の遺伝子配列に、地域・民族間で差はないことが判明した。
感染初期に関わる遺伝子情報の蓄積と解析が、治療薬の開発や医療対策につながる可能性
アメリカでは、アフリカ系やラテン系の感染者の死亡率が他の種族・民族系と比べて有意に高いことが示されているが、今回解析した遺伝子の差異が重要な危険因子ではなく、むしろ各個人の病歴、年齢、環境要因(大気汚染、湿度、喫煙)やヘルスケア格差などが、より重要な危険因子であると考えられた。しかし、重症例における遺伝的背景の関与は排除できないため、さらなる解析が必要だ。より多くのヒト・ゲノムデータベースを解析することで、地域的・民族的な差が見つかる可能性がある。また、非常にまれな機能欠失変異と若年性の重傷例との関連が見つかるとも考えられる。
研究グループは、「遺伝子変異を導入した細胞を使った生物医学的な実験による解析結果も、同時に蓄積していくことが重要だ。感染初期に関わる遺伝子情報のさらなる蓄積と解析により、治療薬の開発をはじめとした医療対策の発展が期待される」と、述べている。
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