消化器官系のがんで高頻度に変異を起こすことが知られるRNF43遺伝子を詳しく解析
北海道大学は9月16日、大腸がんの発症メカニズムを解明し、その新たな治療法を提示したと発表した。これは、同大大学院医学研究院の築山忠維助教らの国際共同研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Communications」にオンライン掲載されている。
画像はリリースより
大腸がんをはじめ、胃がんや膵臓がんなど消化器官系のがんにおいて、RNF43という遺伝子が高頻度に変異を起こすことが知られている。このRNF43は、正常組織では主に幹細胞で働いている遺伝子であり、Wnt受容体タンパク質の分解に関与することでWntシグナルの過剰な活性化を防いでいる遺伝子として注目されてきた。研究グループは以前、RNF43に遺伝子変異が起こるとRNF43タンパク質の細胞内局在に異常が起こること、そしてがんの発症を促進する作用があるWntシグナルの過剰活性化が起こることを報告。加えてRNF43は重要ながん抑制遺伝子であるp53の機能を阻害する働きがあることも過去に報告してきた。
現在RNF43によるWntシグナル抑制機構とその遺伝子変異による発がんメカニズムは非常に注目されている研究領域であり、複数のグループによって国際的にも研究が進んでいる。これまでにWntシグナルの負のフィードバック機構の一環としてWntシグナルを抑制するためにRNF43の発現が誘導されることは報告されていた。しかし、発現したRNF43そのものの活性が変化することは、全く知られていなかった。
Wntシグナルの異常活性を引き起こす変異の場所はセリンと特定
がん患者で見られるさまざまなRNF43遺伝子変異の中で、実際にどの変異がWntシグナルの異常活性化を引き起こすのか、Wntシグナルの活性を特異的に高感度で検出できるレポーター細胞を用いてスクリーニングした。スクリーニングで同定された変異の場所が、リン酸化を受けるアミノ酸(セリン)上であったため、該当するセリンに実際に変異を導入し、リン酸化スイッチが切れたままの状態の変異RNF43と、スイッチが入ったまま切れない状態の変異RNF43を遺伝子組み換えにより作製した。これらのRNF43変異体を使用して、培養細胞を用いたレポーターアッセイや定量的PCR、正リン酸ラベルなどの生化学的手法により、Wntシグナルの異常活性化やp53シグナルへの影響を確認した。
また、ゼブラフィッシュの発生・形態形成モデルとマウスの腸管オルガノイドモデルを用いて、RNF43のリン酸化スイッチが実際に生物の中で重要な役割を担っているかを検討。さらにリン酸化スイッチとその変異が正常組織におけるWntシグナルの調節や発がん過程で重要な役割を果たしていることについて、足場非依存性増殖を用いた培養細胞レベルでの検討に加えて、ヌードマウスへの細胞移植実験により動物レベルでの確認も行った。
RNF43の機能はセリンのリン酸化により調整される
その結果、RNF43の機能が種を越えて高度に保存されているセリンのリン酸化によって調節されていることが明らかになった。このリン酸化によるRNF43の機能調節を「リン酸化スイッチ」と定義し、また、そのセリンはRNF43の細胞内局在に依存してカゼインキナーゼ1によってリン酸化されていることもわかった。リン酸化を受けるセリンを遺伝子組み換えにより、脱リン酸化状態を模倣するアラニンと恒常的なリン酸化状態を模倣するアスパラギン酸にそれぞれ置換したところ、Wnt受容体のユビキチン化依存的分解はRNF43がリン酸化されて起こることが初めてわかった。しかし、生体内でRNF43がリン酸化された状態で固定された場合は、過剰にWntシグナルが抑制され、ゼブラフィッシュの発生異常が起こること、また、マウスでは長期的な腸管幹細胞の維持ができなくなることもわかった。
一方で、全くリン酸化されないRNF43は発生中の形態形成や成体での幹細胞維持には影響しなかったが、発がんを大きく促進することがわかった。つまり、RNF43のリン酸化スイッチがオンになったままではWntシグナルの恒常的な抑制により成長生存に支障をきたし、またオフになったままではWntシグナルの過剰な活性化とp53の過剰な抑制が同時に起こり発がんをさらに強く促進するということだ。これらの結果は、RNF43の活性がリン酸化によって状況に応じた厳密な調節を受けることにより生体の恒常性が維持されていることを示している。
リン酸化スイッチが壊れると、通常より少ない遺伝子変異で大腸がんを発症
また、RNF43のリン酸化スイッチが遺伝子変異で働かなくなった場合はそこにRas遺伝子の変異がもう1つ加わっただけで、つまり、たった2つの遺伝子変異によってがんの発症に至る可能性を示した。これは発がんには3段階以上の遺伝子変異が必要であると考えられてきたこれまでの通説を変えるもの。さらに、RNF43の遺伝子変異によって発症したがん細胞の中でリン酸化スイッチを強制的にオンにすると、RNF43変異体は正常ながん抑制機能を取り戻すこともわかった。
今回の研究ではRNF43のリン酸化スイッチをオンにする実験的な手段として、遺伝子組み換えによるアミノ酸置換(セリン→アスパラギン酸)を用いたが、この手法をそのまま実際に患者の治療へ使用することはできない。また、このリン酸化スイッチをオンにする役割を担っている酵素がカゼインキナーゼ1であることも同定したが、単純にこの酵素を活性化するだけですぐにがん治療が可能になるわけでもない。「しかし、今後研究が進みRNF43のリン酸化スイッチ本体を標的にしたリン酸化誘導法が開発されれば、それは非常に強力ながん治療のツールとなることが期待される」と、研究グループは述べている。
▼関連リンク
・北海道大学 プレスリリース