他者への信頼度、家庭環境とオキシトシン受容体遺伝子多型の両方が影響?
名古屋大学は9月3日、日本とカナダで学生を対象とした研究を行い、ストレスの高い家庭環境で育ったと自己報告した人ほど他者への信頼が低く、また個人の遺伝的背景であるオキシトシン受容体遺伝子多型によってその家庭環境による信頼への影響が異なることがわかったと発表した。これは、同大大学院情報学研究科の石井敬子准教授、鄭少鳳博士後期課程学生、カナダ・アルバータ大学心理学部の増田貴彦教授、愛知医科大学の松永昌宏講師、神戸大学大学院人文学研究科の大坪庸介教授、野口泰基准教授、浜松医科大学の山末英典教授の研究グループによるもの。研究成果は、「Psychoneuroendocrinology」オンライン版に掲載されている。
画像はリリースより
見知らぬ人を含む他者一般への信頼がなければ、円滑な社会生活を営むのは困難だ。信頼は、社会経済的地位が低い家庭環境で育つと醸成されにくいことが知られている。また、オキシトシンの分泌は対人コミュニケーションを促すとされており、信頼とオキシトシン受容体遺伝子多型についても検討されてきている。しかし、本来家庭環境には、その社会経済的地位のみならず、親からの愛情、または暴力や暴言、侮辱、無視といった虐待を受けてきたかどうか、秩序ある家庭であったかどうかも関係しているが、それが信頼にどう影響を与えるのかはわかっていない。
さらに、信頼とオキシトシン受容体遺伝子多型の関連についてのこれまでの検討では、このような家庭環境による影響が考慮されていない。加えて、信頼に関するそのような環境と個人差の影響、さらにはそれらが相互に作用する可能性は、これまで比較文化的に検討されていない。興味深いことに、他者一般への信頼は、その社会構造の性質を反映し、日本よりも北米の人々において高いことが知られている。
そこで研究グループは、親の接し方や家庭内の秩序の程度といった指標で評価された家庭環境、オキシトシン受容体遺伝子多型の個人差、さらにはその相互作用がどう信頼に影響を与えるのかを検討する研究を行った。信頼の程度が異なる2つの社会(日本とカナダ)に注目することは、その影響の強さを評価する上でも重要と考えられた。
オキシトシン受容体遺伝子多型AAで、問題のある家庭環境下で育った人ほど、他者への信頼がより低く
研究では、日本人学生203人とカナダ人学生200人を対象とした。家庭環境に関して、子どもの頃(5~15歳)の家族生活を思い出してもらい、13項目の頻度を評定してもらった。具体的には、「親(または同じ家庭で生活していた他の成人)から愛されている、支えてもらっている、大事に思われていると感じることがどれくらいの頻度でありましたか?」「あなたの両親が口げんかをしたり、口論をしたり、大声で言い争いをすることがどれくらいの頻度でありましたか?」などを聞いた。また、他者一般への信頼に関しては、「ほとんどの人は基本的に正直である」「私は人を信頼するほうである」などの5項目に対して、それにどの程度賛成するかを回答してもらった。
対象者の文化や性別を統制した上で、他者一般への信頼の程度が、家庭環境やオキシトシン受容体遺伝子多型、およびそれらの相互作用によって予測されるのかを分析したところ、幼少期の家庭環境に問題があったと回答していた人ほど、信頼の程度が低くなっていることがわかった。重要なことに、この関係はオキシトシン受容体遺伝子多型による影響を受けていた。文化にかかわらず、オキシトシン受容体遺伝子の遺伝子多型(rs53576) に関しAAを持つ人では、幼少期の家庭環境に問題があるほど信頼の程度は低くなっていたが、AGやGGを持つ人では、そのような関係は見られなかった。
AG型、GG型との関連が見られないのは、経験により信頼の醸成が補われる可能性
この結果から、家庭環境が不利であっても、そこから離れた場や状況、例えば友人関係や学校における経験によって信頼の醸成が補われる可能性が示唆された。また、これらの傾向は文化にかかわらず見られたが、一方で、他者一般への信頼は、カナダよりも日本で低くなっていた。昨今のグローバル化した世界において人々のネットワークを広げていくためには、他者一般への信頼が不可欠だ。それゆえ、日本における信頼の醸成は喫緊の課題と考えられる。「本研究は自己報告に基づくものだが、今後、一般の人々を対象に、客観的な指標を用いた家庭環境の評価や人々の信頼行動に着目し、知見を再確認していくことが必要だ。この作業を通じて、信頼の醸成に対する具体的な提言が可能になると思われる」と、研究グループは述べている。
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