アジア人は他の人種に比べ、核黄疸の頻度が2~3倍高い
信州大学は9月1日、エコチル調査で収集した妊婦のデータを解析した「母親の妊娠中の殺虫剤・防虫剤の使用と児の高ビリルビン血症との関連」についての調査結果を発表した。この研究は、同大医学部衛生学公衆衛生学教室(エコチル調査甲信ユニットセンター)の野見山哲生教授、小児環境保健疫学研究センターの元木倫子講師(特定雇用)、小児医学教室の柴崎拓実氏、国立環境研究所エコチル調査コアセンターの山崎新センター長、同中山祥嗣次長らの研究グループによるもの。研究成果は、小児科学系雑誌「Pediatric Research」に掲載されている。
血清ビリルビンが高値になると黄疸となる。黄疸は新生児期によく見られる症状の一つで、一般的におよそ60%の児が顕性黄疸を呈する。新生児期に黄疸を呈する頻度には人種による差があり、アジア人(黄色人種)は白色人種に比べて2倍、黒色人種の3倍の頻度とされる。高ビリルビン血症は、核黄疸、脳性まひのリスク因子であり、アジア人は核黄疸のリスクが他の人種よりも高いと考えられている。
世界中で広く使用されている農薬や殺虫剤、虫よけ剤には、有機リン、ピレスロイド、カーバメート、ネオニコチノイド系、DEETなどがある。これらの薬剤は体内で抗酸化作用を有する酵素であるSOD(superoxide dismutase)、カタラーゼ、グルタチオンリダクターゼなどの活性低下をきたし、酸化ストレスを誘導するとされている。過剰な酸化ストレスは、赤血球の脂質過酸化から溶血を引き起こす。妊娠中の殺虫剤等のばく露により、児の赤血球が溶血をきたすと、新生児期の高ビリルビン血症のリスク因子となる可能性がある。そこで研究グループは、母親の妊娠中の殺虫剤・防虫剤の使用頻度が光線療法を要した新生児高ビリルビン血症の発生に与える影響について、疫学的手法を用いて調べた。
屋内でのスプレー式殺虫剤の使用頻度が多い母親の児は、新生児高ビリルビン血症の発生が1.21倍高い
今回の研究では、2016年4月に確定された妊婦約10万人のデータを使用。解析対象は、妊婦約10万人から、妊娠中の衣類用防虫剤、屋内でのスプレー式殺虫剤、蚊取り線香・電気式蚊取り器、園芸用農薬・殺虫剤、スプレーもしくはローションタイプの虫よけ剤の使用頻度に関するデータがそろった母親のうち、死産、流産、出生体重が2500g未満の児、および関連因子と考えたものに何らかの欠測データがある人を除いた61,751人とした。
新生児高ビリルビン血症のため光線療法を受けていたのは5,985人(9.7%)だった。母体の殺虫剤・防虫剤へのばく露の程度は、妊娠中期/後期に行った自己記入式質問票への回答を使用した。母親が妊娠中に衣類用防虫剤を使用していたのは36,610人(59.2%)、屋内でスプレー式殺虫剤を使用していたのは20,352人(33.0%)、蚊取り線香・電気式蚊取り器を使用していたのは19,518人(31.6%)、園芸用農薬・殺虫剤を使用していたのは5,333人(8.6%)、スプレーもしくはローションタイプの虫よけ剤を使用していたのは15,309人(24.8%)だった。
一般的に新生児高ビリルビン血症の関連因子として考えられているものには、妊婦の年齢、児の性別、在胎週数、出生体重、出生時仮死の有無、妊娠中の母体合併症の有無、産科的合併症の有無、世帯収入、母の教育歴などがある。そのため、これらの影響について考慮した研究デザインを用い、妊娠中の殺虫剤・防虫剤の使用頻度と光線療法を要した新生児高ビリルビン血症の発生との関連についてロジスティック回帰分析により検討した。
その結果、母親が妊娠中に屋内でスプレー式殺虫剤を使用した頻度が週に数回以上と多い群では、全く使用していない母親から出生した児に比べて、光線療法を要する新生児高ビリルビン血症の発生が1.21倍(95%信頼区間1.05-1.38)高かった。それ以外の使用に関しては、その使用頻度が高いことが光線療法を要する新生児高ビリルビン血症の発生の有無とは明らかな関連がなかった。
今後は化学物質以外の因子等との関係の知見も総合して検討
一方、スプレーもしくはローションタイプの虫よけ剤については、全く使用していない群と比べて使用頻度が週に数回以上と多い群の方が、光線療法を要する新生児高ビリルビン血症の発生が0.70倍(95%信頼区間0.61-0.81)低かった。なお、出生体重が2,500g未満の低出生体重児を含めて解析した場合でも同様の傾向となった。スプレーもしくはローションタイプの虫よけ剤の使用頻度が多い群の方が、光線療法を要する新生児高ビリルビン血症の発生の可能性が低くなる結果となった理由を説明し得る機序については不明としている。同研究は、妊娠中の殺虫剤・防虫剤へのばく露が新生児に与える影響の一つとして、治療を要する新生児高ビリルビン血症を引き起こすリスクについて検討した初めての研究となる。
今回の研究では、母親の殺虫剤・防虫剤のばく露に関する情報が血中濃度など客観的なデータとして得られていない。また、調査時期が妊娠中期/後期であり、最も新生児の高ビリルビン血症に影響を与えると考えられる妊娠末期(出産直前)におけるばく露について正確に評価できていない。加えて、各医療機関で光線療法を行う基準となる血清ビリルビンの値が異なっている可能性もあり、これらの課題について考慮する必要がある。
エコチル調査では、化学物質以外の環境因子、遺伝要因、社会要因、生活習慣要因等についても調べている。今後これらの因子と新生児高ビリルビン血症との関係についても知見が出てくることが予想される。そのため、これらの化学物質以外の因子等との関係の知見も総合して殺虫剤・防虫剤ばく露と新生児高ビリルビン血症の発生との関係について検討する必要がある。引き続き、子どもの発育や健康に影響を与える化学物質等の環境要因が明らかとなることが期待される。
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