タンパク質「TDP-43」が軸索局所でのリボソームのタンパク質合成機能を調節
大阪大学は8月28日、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、前頭側頭葉変性症(FTLD)の発症に関わるタンパク質「TDP-43」が神経細胞の軸索局所でのリボソームのタンパク質合成機能を調節していることを明らかにし、その軸索での機能の障害がALS、FTLDの発症に関連する可能性を見出したと発表した。この研究は、同大学院医学系研究科神経内科学の長野清一准教授(元国立精神・神経医療研究センター(NCNP)神経研究所疾病研究第五部室長)、NCNP神経研究所疾病研究第五部の荒木敏之部長らの研究グループによるもの。研究成果は、英国の学術雑誌「Acta Neuropathologica」オンライン版に掲載されている。
画像はリリースより
神経疾患のALSおよびFTLDは、現在、根本的な治療が困難だ。大部分のALS患者と半数程度のFTLD患者では、神経細胞を中心にTDP-43が核から消失し細胞質に異常に沈着することが報告されている。
TDP-43は、RNA(リボ核酸)結合タンパク質だ。RNA結合タンパク質は、RNAに結合してその機能や局在を調節するタンパク質であり、TDP-43は細胞核内の遺伝子からのmRNAの生成や成熟(スプライシング)、成熟したmRNAの細胞質への輸送など、RNAの代謝に関わるいろいろな機能を持っていることが知られている。
神経細胞は軸索あるいは樹状突起と呼ばれる突起(神経突起)を持つことが特徴であり、このような神経突起を介して神経細胞同士がネットワークを形成し互いに情報をやり取りしている。神経突起の形態や機能を維持するために、そこには種々の必要な物質が輸送されており、mRNAも神経突起に運ばれて、そこでタンパク質を合成するために使われている。
一般に、タンパク質は、核の近く・細胞の中心付近で作られることが多いが、神経細胞は、長い突起を伸ばす特徴的な形と情報伝達の機能を維持するために、突起の先でもタンパク質を作っている。特に神経突起が新たなネットワークを形成するときや神経突起が損傷を受けた後に再生するときには、軸索内にあるmRNAから即座にタンパク質を合成していち早く対応することが重要となる。mRNAが神経突起に運ばれる際には、RNA結合タンパク質と結合してRNA顆粒と呼ばれる複合体を形成して輸送されることがわかっている。このRNA顆粒の神経突起への輸送が何らかの原因で障害されると神経突起の形態や機能に異常が生じ、ひいては神経細胞全体の機能障害や細胞死が起こることになる。
研究グループはTDP-43が神経細胞内で異常に沈着すると正常なRNA顆粒を形成できず、必要なmRNAを神経突起、特に長い神経突起である軸索に輸送することができなくなり、その結果神経細胞の障害を起こしてALSやFTLDを発症するのではないかと考え、今回、TDP-43により軸索に運ばれるmRNAの探索を行った。
TDP-43減少でリボソームタンパク質mRNAを含む顆粒の軸索への輸送が減少
研究グループはまず、培養した神経細胞から軸索部分のみを採取する方法を確立し、その方法を用いてTDP-43を減少させた神経細胞の軸索で減少するmRNAをマイクロアレイ法により探索した。その結果、いろいろなリボソームタンパク質をコードするmRNAが、有意に減少する遺伝子群として見つかった。
リボソームタンパク質は、mRNAからタンパク質を作ること(翻訳)に必須の細胞内合成装置であるリボソームを構成しているタンパク質であり、リボソームによるタンパク質全体の翻訳効率に大きな影響を与えている。このリボソームタンパク質のmRNAについて、培養神経細胞を用いて詳しく解析したところ、リボソームタンパク質mRNAは軸索内でTDP-43と同じ場所に顆粒状に存在すること、リボソームタンパク質mRNAとTDP-43は互いに結合していること、TDP-43の減少によりリボソームタンパク質mRNAを含む顆粒の軸索への輸送が減少することがわかった。
また、軸索に輸送されたリボソームタンパク質mRNAは神経細胞への刺激により軸索内でリボソームタンパク質へと翻訳され、リボソームの翻訳機能の維持に重要な役割を果たしていることも明らかになった。
培養神経細胞やマウスの脳内の神経細胞でTDP-43を減少させると、徐々に軸索の伸長が悪くなってくる。その際、同時にいくつかのリボソームタンパク質mRNAを過剰に発現させたところ、リボソームタンパク質の回復により軸索の伸長が改善することを確認。さらに、TDP-43の異常沈着を認めるALS患者の脳組織で主に運動神経の軸索が走行している部位を調べたところ、複数のリボソームタンパク質mRNAが減少していることが見出された。
TDP-43異常凝集を伴うALSとFTLD発症、神経軸索におけるリボソームを介した局所翻訳機能の低下と関連する可能性
研究グループは以上の結果より、TDP-43は神経細胞でリボソームタンパク質mRNAを軸索に輸送する働きを持ち、それにより軸索内でリボソームタンパク質を供給してリボソームによる翻訳機能を維持していること、その機能が障害されると軸索での種々のタンパク質の合成がうまくいかず軸索の伸長が阻害されること、このTDP-43によるリボソームタンパク質mRNAの軸索輸送の障害がALSおよびFTLDの発症と関連していることが推測されるとしている。
これまで、TDP-43の異常凝集を伴うALS、FTLDの発症原因は不明な点が多くあったが、今回の研究によりそれが神経軸索におけるリボソームを介した局所翻訳機能の低下と関連する可能性が示唆された。
今後、リボソームタンパク質mRNAの軸索への輸送やそこでのリボソームタンパク質への翻訳、軸索でのリボソームの機能そのものを上昇させるような薬剤の同定により、新たな作用機序に基づくALSおよびFTLDの根本的な治療法の開発が可能となることが期待される、と研究グループは述べている。
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