既存の抗がん剤とは作用機序の異なる新たな胃がん治療法が渇望されている
名古屋大学は8月27日、転移のない胃がん患者と実際に転移を起こした胃がん患者からそれぞれ得た生体試料を用いて網羅的遺伝子発現解析を行い、腹膜播種転移、血行性転移、リンパ行性転移を起こした患者群の全ての群でneuronal pentraxin receptor(NPTXR)という受容体が異常に高発現していることを発見し、ゲノム編集技術でこれを喪失させることで胃がん細胞の活動性を著しく低下させ、抗がん剤が効きやすくなることを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科消化器外科学の小寺泰弘教授、神田光郎講師の研究グループによるもの。研究成果は、「Molecular Cancer」の電子版に掲載されている。
胃がんは、日本における年間罹患数が約13万人、年間死亡者数が約5万人であり、ともに第3位と頻度が高く、転移や再発をきたし切除できない場合、その予後は非常に不良だ。この状況の中、胃がんに対し保険適応となっている分子標的治療薬は、2種類の増殖因子阻害剤(ラムシルマブ、HER2陽性胃がんに対するトラスツズマブ)と免疫チェックポイント阻害薬である。従来の抗がん剤も含め、これら治療への効果がない、あるいは治療中に抵抗性を獲得する胃がんの治療は難しいものとなっており、既存の抗がん剤とは作用メカニズムの異なる新しい治療法が渇望されている。
今回、研究グループは、胃がん細胞の転移を促進する分子を発見し、これを阻害するモノクローナル抗体医薬の開発とともに、その治療薬の効果を事前に判定できるコンパニオン診断法の開発を目指した。
画像はリリースより
あらゆる転移形式の胃がんで「NPTXR」の異常高発現を発見
まず、転移のない胃がん患者と実際に転移を起こした胃がん患者からそれぞれ得た生体試料を対象に、次世代シーケンサーを用いてほぼ全ての既知の遺伝子とそのスプライシング産物を対象に5万7,749種類の分子の網羅的遺伝子発現解析を実施。その結果、NPTXRがあらゆるタイプの転移を伴う胃がん組織中で異常に高発現していることを発見した。ゲノム編集技術を用いてNPTXRを発現している胃がん細胞株に対象にノックアウトを行ったところ、胃がん細胞の増殖能が低下し、がん細胞集団の中で細胞死に向かう比率が増加した。
さらに、マウスの皮下に胃がん細胞を注入することで皮下腫瘍を作製。未処理の胃がん細胞を注入した場合、皮下腫瘍は時間経過とともに増大した。これと比較してNPTXRをノックアウトした胃がん細胞では皮下腫瘍が増大する程度が小さくなった。他にも、NPTXRのノックアウトによって胃がん細胞の転移に重要な移動する能力(遊走能)、浸潤する能力(浸潤能)、接着する能力(接着能)も低下した。さらに、NPTXRを喪失させることで、さまざまながんに対して用いられる抗がん剤5-FUの効果が上昇した。
抗NPTXRモノクローナル抗体、腹膜転移マウスに腹腔内投与で胃がん転移の進行を抑制
続いて、NPTXRが胃がん細胞の細胞膜上に分布することを確認し、特異的抗体によってこれをブロックする方法を考案。NPTXRのアミノ酸配列から抗原性を予測して抗体の標的部位を選定した。抗NPTXRモノクローナル抗体は、試験管内で胃がん細胞の増殖を抑制し、その効果は抗がん剤5-FUとの併用で相乗的に上昇した。
また、同抗体を、マウスの腹腔内にがん細胞を移植した腹膜転移モデルに対して腹腔内投与することにより、胃がん転移の進行を抑制することができた。中には、転移が全く形成されないマウスも見られたという。
NPTXR阻害で、PI3K–AKT–mTORシグナルやFAK–JNKシグナルが不活性化
作用メカニズムを明らかとするために実施した細胞内シグナルの解析により、NPTXRを阻害することで、がんの悪性度に強く関与するPI3K–AKT–mTORシグナルやFAK–JNKシグナルが不活性化していることが判明。実際の胃がん症例で切除した胃がん組織中のNPTXR発現を調べると、その発現量は転移や切除後再発を伴っている胃がんで上昇していた。汎用性の高い免疫染色法を用いることでも、明瞭にNPTXR発現の陽性、陰性が判定可能だったという。
また、NPTXRを減弱することが生体にどのような影響を与えるのかを調べるため、NPTXRノックアウトマウスを解析。その結果、生殖、発育、臓器機能に異常がないことに加え、名古屋大学神経内科学教室の勝野雅央教授、井口洋平助教との共同解析により運動・認知機能にも異常がないことが明らかとなっており、この受容体を阻害することで臓器に重大な影響を与える危険性は低いと考えられた。これらの研究成果は、すでに国内特許・国際特許に出願している。
ヒト化抗体を創製し、NPTXR高発現の乳がん・大腸がんなどに応用へ
胃がんは、非常に多様性のあるがんとして知られており、既存の抗がん剤治療への反応不良もしくは抵抗性獲得が問題となっている。新しい作用メカニズムからの分子標的治療開発を目指して、今回発見したNPTXRは、胃がんの転移形成に大きな役割を有する標的分子となる。その組織中発現が実際のがん転移に相関しており、コンパニオン診断法として活用することで選別された対象に対して極めて効率的かつ有効な治療へとつながる。抗NPTXRモノクローナル抗体は、作用メカニズムが既存の全ての分子標的治療薬と全く異なるため、完全に新しい治療薬となる。
研究グループは今後、ヒト化抗体の創製を進めていくとともに、将来的には胃がんのみならず、NPTXRが高発現している乳がん、大腸がん、膵がん、肺がん、食道がんなどの他のがんにも応用していくことを目指す。また、研究グループは胃がんの主要な転移様式である腹膜転移と血行性転移のそれぞれに特異性の強い責任分子も同定しており、これらに特化した効率的な阻害薬も創製することで、あらゆる角度から胃がんを制圧することを目標としている、と述べている。
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・名古屋大学 プレスリリース