乳酸アシドーシスの分子メカニズムはよくわかっていない
京都府立医科大学は8月28日、乳酸に反応して細胞質から核へと移行する分子「LRPGC1」を同定し、この分子が乳酸存在下でミトコンドリアを活性化することで乳酸代謝を促進することを発見したと発表した。この研究は、同大大学院医学研究科生体構造科学の谷田任司助教、松田賢一准教授、田中雅樹教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「The FASEB Journal」に掲載されている。
画像はリリースより
乳酸は、解糖によって生ずる代謝産物。過度な運動、種々の代謝障害、臓器不全、悪性腫瘍、重症感染症などは体内に乳酸を蓄積させ、乳酸アシドーシスを引き起こす可能性がある。乳酸アシドーシスは致死率が数十%以上にも上る非常に危険な病態であり、血中乳酸値は予後とも密接に関連していることから、乳酸代謝を促進する方法の確立が求められている。乳酸の代謝は70%近くが肝臓によって行われ、蓄積された乳酸は通常速やかに代謝されるが、体内で乳酸値が過度に上昇した際どのように遺伝子発現が調節され乳酸の代謝が活性化されるのか、そのメカニズムについてはよくわかっていなかった。
LRPGC1は乳酸に反応して細胞質から核移行、転写因子 ERRγと相互作用
今回同定されたLRPGC1は、好気的代謝を活性化する分子として知られるPGC1αの新規スプライシングバリアント、すなわち同一遺伝子から生ずる異型体だ。細胞内での局在や動態はその分子の機能と密接に関わっているため、LRPGC1の機能を調べるために研究グループは、まず蛍光標識を行い、細胞内での局在を生細胞イメージングにより観察した。すると、PGC1αは核に局在したのに対し、LRPGC1は細胞質に局在した。いくつかの刺激を与えてLRPGC1の動きを観察すると、乳酸を投与した際に劇的な核移行を起こすことが判明した。そこで、この分子をlactic acid-responsive form of PGC1(LRPGC1)と名付けた。詳細な解析により、この核移行メカニズムには核外輸送シグナル(NES)が分子シャペロンHSC70によって不活性化されることによって起こることが示唆された。
次にLRPGC1の機能解析を行ったところ、この分子は乳酸存在下で転写因子であるエストロゲン関連受容体(ERRγ)と相互作用し、その転写活性を高めると判明。肝腫瘍由来細胞株HepG2からPGC1遺伝子をCRISPR/CAS9によりノックアウト(遺伝子を欠損)すると乳酸代謝量は低下したが、従来知られていたPGC1αを導入しても乳酸代謝を回復させることはできなかった。一方、LRPGC1 を導入すると PGC1ノックアウト細胞の乳酸代謝を回復させることができた。ERRγと相互作用できないLRPGC1の変異体を作製しPGC1ノックアウト細胞に導入しても乳酸代謝は回復されず、ERRγのノックダウン(遺伝子発現の抑制)によっても乳酸代謝は顕著に低下した。つまり、LRPGC1はERRγを介して乳酸代謝を促進する分子であることが明らかとなった。
乳酸<LRPGC1/ERRγシグナル<TFAM<ミトコンドリア活性化<乳酸代謝促進
LRPGC1による乳酸代謝のメカニズムを追究するために、エネルギー代謝に関する遺伝子発現を調べてみると、乳酸添加後にPGC1ノックアウト細胞では正常型HepG2細胞と比べミトコンドリアの活性に関わる遺伝子、特にミトコンドリア転写因子A(TFAM)の発現が低下しており、ミトコンドリア形態も不全となっていることがわかった。一方、乳酸存在下でのPGC1ノックアウト細胞におけるTFAM発現やミトコンドリアの形態はPGC1αの導入によっては回復せず、LRPGC1の導入によって回復し、ミトコンドリア膜電位もLRPGC1の導入により有意に高まることが判明。また、TFAM遺伝子発現の制御領域(プロモーター)上にERR 応答配列が存在することがわかり、この部位を介してLRPGC1/ERRγシグナルはTFAM遺伝子の発現を誘導することが判明した。これらの結果から、乳酸存在下でLRPGC1はERRγを介してTFAM発現を誘導し、ミトコンドリアを活性化することが明らかとなった。
LRPGC1/ERRγシグナル活性化で乳酸アシドーシスモデルマウスの生存率が上昇
乳酸アシドーシスのモデルマウスを用いた検討では、Lrpgc1を肝臓でノックダウンすると致死率が上昇し、薬剤によりLRPGC1/ERRγシグナルを活性化すると生存性が有意に上昇した。
以上より、LRPGC1は通常NESの作用により細胞質に局在しているが、乳酸の曝露を受けるとHSC70によってNESが不活性化され核へと移行し、核内で転写因子ERRγと相互作用を起こした後TFAM遺伝子の発現を誘導、その結果ミトコンドリアの活性化による乳酸代謝の促進が起こる、というメカニズムが明らかとなった。研究グループは、「LRPGC1/ERRγシグナルを調節することにより、乳酸アシドーシスを治療する新たな方法につながることが期待される」と述べ、今後、敗血症や代謝障害など、より具体的な病態モデルに合併した乳酸アシドーシス対しLRPGC1/ERRγシグナルの活性化が役立つか否か検証していく予定だとしている。
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