COVID-19の重症度や予後などを検討した日本初の研究
横浜市立大学は8月24日、新型コロナウイルス感染症の病態に影響を与える背景や要因を解析するための多施設共同後ろ向きコホート研究(Kanagawa RASI COVID-19研究)を、臨床アウトカムを検討した日本における最初の研究として行ったことを発表した。この研究は、同大医学部循環器・腎臓・高血圧内科学教室(主任教授 田村功一)、同大附属市民総合医療センター心臓血管センターの松澤泰志講師らの研究グループが、同大医学部救急医学教室の竹内一郎主任教授、量子科学技術研究開発機構(量研/QST)の平野俊夫理事長、国立循環器病研究センターの小川久雄理事長らと共同で行ったもの。研究成果は、「Hypertension Research」に掲載されている。
画像はリリースより
新型コロナウイルス感染症は、高血圧・糖尿病などの生活習慣病や、心血管系疾患・腎臓病が重症度や予後に与える影響が懸念されてきた。新型コロナウイルスは、アンジオテンシン変換酵素2(ACE2)を受容体として細胞に侵入するため、新型コロナウイル感染症とレニン-アンジオテンシン系との関連が注目されている。最新の高血圧治療ガイドライン(JSH2019)によると、国内での罹患者が4300万人とされる高血圧患者に対する主要な高血圧治療薬(降圧薬)であるレニン-アンジオテンシン系阻害薬「アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE阻害薬)または、アンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB)」は、高血圧の患者に広く使用されている。アンジオテンシン変換酵素(ACE)は2種類(ACE1、ACE2)あり、ACE1は昇圧物質のアンジオテンシンII(Ang II)を生成して高血圧、臓器障害をもたらすが、ACE阻害薬が有効だ。一方、ACE2はアンジオテンシンIIを分解(不活化)して降圧作用、臓器保護作用を有し、ACE阻害薬では阻害されず、ACE阻害薬やARBで発現が増えることも報告されている。
ACE2はウイルスとともに細胞内に取り込まれ、細胞膜上のACE2発現は低下する。ACE2は膜タンパク質でありAng II不活化作用を有するが、新型コロナウイルス感染はACE2発現を低下させ、Ang II増加・活性増強を起こすとされる。Ang II活性増強は炎症性サイトカインストームを引き起こし、肺障害の最重症型である急性呼吸窮迫症候群(ARDS)へと進展を促すことが示唆されている。レニン-アンジオテンシン系阻害薬(ACE阻害薬、ARB)はAng II系を抑制する薬剤であり、新型コロナウイルス感染症での炎症性サイトカインストームからの重症化を抑制する可能性が指摘されている。そこで今回、研究グループは、新型コロナウイルス感染症の罹患前からのACE阻害薬、ARBの服用と新型コロナウイルス感染症の重症度との関係について、神奈川県内の6医療機関による多施設共同後ろ向きコホート研究により検討した。
神奈川の入院患者151人対象、重症化・予後不良と最も関連する因子は「65歳以上」
研究では、2020年2月1日から5月1日までに横浜市立大学附属市民総合医療センター、神奈川県立循環器呼吸器病センター、藤沢市民病院、神奈川県立足柄上病院、横須賀市立市民病院、横浜市立大学附属病院に入院した新型コロナウイルス感染症患者151人を対象としてカルテレビューを実施。主要評価項目は(1)院内死亡、(2)体外式膜型人工肺(Extracorporeal membrane oxygenation, ECMO)使用、(3)人工呼吸器使用、(4)集中治療室(ICU)入室とし、副次評価項目は、(1)酸素療法、(2)新規または増悪する意識障害、(3)収縮期血圧90mmHg以下、(4)CT検査での肺炎像とした。また、「重症肺炎」(酸素療法以上の治療を要した肺炎)も独立した評価項目とした。
まず、患者全体を対象とした単変量解析の結果では、高齢(65歳以上)、心血管疾患既往、糖尿病、高血圧症が「重症肺炎」と関連し、さらに、多変量解析の結果では、高齢(65歳以上)が「重症肺炎」と有意に関連した。
感染前にACE阻害薬やARBを服用していた高血圧患者は意識障害が少ない
次に、高血圧症患者を対象に解析を行うと、ACE阻害薬、ARBを新型コロナウイルス感染症の罹患前から服用している患者では、服用していなかった患者よりも、主要評価項目の複合、院内死亡、人工呼吸器使用、ICU入室の頻度が少ない傾向だった。
また、副次評価項目に関しては、ACE阻害薬、ARBを新型コロナウイルス感染症の罹患前から服用している患者では、服用していなかった患者と比較して、新型コロナウイルス感染症に関連した意識障害が有意に少ないことがわかった。これらの結果より、レニン-アンジオテンシン系阻害薬が新型コロナウイルス感染症重症化を予防する可能性が示唆された。
新型コロナウイルス感染症はまだ収束の見込みが立たず、さらなる流行の拡大をたどっている。感染予防、重症化させない治療法の確立が急がれており、国内外で開発中の新型コロナウイルス感染症治療薬は、ウイルスの増殖を抑える抗ウイルス薬と、重症化によって生じる「サイトカインストーム」や「急性呼吸窮迫症候群(ARDS)」を改善する薬剤に分けられる。レニン-アンジオテンシン系阻害薬であるACEI阻害薬、ARBは後者の薬剤として期待されている。研究グループは、「今後はさらなる大規模集団で検討し、レニン-アンジオテンシン系阻害薬(ACE阻害薬、ARB)の有効性を証明することができれば、新型コロナウイルス感染症の重症化予防や治療効果の向上への貢献が期待される」と、述べている。
▼関連リンク
・横浜市立大学 プレスリリース