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女性の骨格筋の発育と再生に、エストロゲン受容体βが関連している可能性-熊大ほか

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2020年08月25日 PM12:30

骨格筋の発育と再生に、女性ホルモンのエストロゲンがどのように関与しているのか

熊本大学は8月21日、モデルマウスを用いて、女性の骨格筋の発育と再生に関する作用機序について研究した結果、筋線維や筋幹細胞に発現するエストロゲン受容体β(ERβ)を同定し、そのメカニズムも明らかにしたと発表した。これは、同大発生医学研究所筋発生再生分野の瀬古大暉特別研究学生(長崎大学大学院生)は、小野悠介准教授、筑波大学の藤田諒助教、長崎大学の北島百合子講師、愛媛大学の今井祐記教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Stem Cell Reports」オンライン版に掲載されている。


画像はリリースより

ヒトの筋肉()は生後、発育・発達し、成人になると運動習慣等によって、その大きさや質が変化する。また、骨格筋は激しい運動や打撲等により損傷するが、内在する筋幹細胞の働きにより再生することができる。骨格筋を生涯に渡って健常に維持することは健康寿命延伸のカギを握ることから、骨格筋に関する研究は近年、急速に進んでいる。しかし、これまでのほとんどの基礎研究は雄性動物を対象にしたものであり、性差についてはあまり考慮されてこなかった。

女性ホルモンであるエストロゲンは、さまざまな組織・臓器の恒常性を維持している。過度なダイエット等による無月経や閉経によるエストロゲン濃度の低下は、生体恒常性の乱れにつながる。エストロゲンは細胞内にあるエストロゲン受容体(ER)と結合すると、核内移行し、ゲノムDNAに結合することで、転写因子として特定の遺伝子の発現を誘導する。ERは、ERαとERβの2種類が存在し、いずれもエストロゲンに対する高い結合能がある一方、組織分布は異なり、共通したDNA結合ドメイン(結合領域)を有しておらず、互いに拮抗する作用もあるため、それぞれ異なる役割が示唆されている。また、エストロゲンの細胞への作用は、ERを介するものと介さないものがあることが知られている。

モデルマウスで骨格筋におけるERβ遺伝子の機能解析を実施

50代の閉経前後の女性を対象とした疫学調査から、血中エストロゲンレベルの減少と筋力低下の関連が指摘されている。研究グループはこれまでに、骨格筋におけるホルモンの作用を調査し、卵巣摘出によるエストロゲン欠乏モデルマウスを用いて、エストロゲンが骨格筋の発育・発達や再生に重要であることを明らかにしてきた。また、エストロゲン欠乏状態での栄養介入の有効性についても検討してきた。しかし、エストロゲンが筋線維や筋幹細胞のERに直接的に作用して骨格筋の成長や再生を支配しているのか、それとも他の組織や臓器を介し間接的に作用しているのかは不明だった。そこで研究グループは、筋線維特異的あるいは筋幹細胞特異的にERβ遺伝子を誘導的に欠損できるマウスを作出し、骨格筋におけるERβの機能解析を行った。

筋線維でERβ欠損の雌マウスで骨格筋の発育低下

骨格筋の発育におけるERβの役割を明らかにするために、筋線維特異的に薬剤(ドキシサイクリン)投与によってERβ遺伝子を欠損できる(mKO)マウスを作成した。生後6週目にERβ欠損を誘導し、10-12週目に前脛骨筋の筋線維面積(個々の筋線維の太さ)と筋力(四肢の握力)を調べたところ、雌性mKOマウスは野生型と比べて両指標ともに低下していた。この骨格筋の発育低下は、雄性マウスでは観察されなかった。筋萎縮関連遺伝子の発現を調べたところ、変化がなかったことから、雌性マウスの骨格筋の発育低下は筋萎縮の亢進ではないと考えられた。

また、卵巣摘出によるエストロゲン欠乏マウスでは、筋の発育低下に加え、速筋線維の割合が相対的に増える筋質の変化を伴うことが知られているが、mKOマウスでそのような質的変化はみられなかった。したがって、エストロゲンは、筋線維に発現するERβを介して筋線維の発育を促進する直接作用がある一方、筋線維の質に関してはERβを介さずに制御している可能性が示唆された。

エストロゲンは筋幹細胞が発現するERβを介して筋再生を制御している可能性

続いて、筋幹細胞におけるERβの機能を明らかにするため、筋幹細胞特異的に薬剤(タモキシフェン)投与によってERβ遺伝子を欠損できる(scKO)マウスを作成。局所的に筋損傷を誘導し、scKOマウスの筋再生能を評価した。その結果、野生型マウスでは効率よく筋再生が起こる一方、雌性scKOマウスの筋組織では、再生筋線維は細く、コラーゲン沈着による線維化がみられ、筋再生力は著しく低下していた。しかし、雄性scKOマウスの筋再生は障害されなかった。なお、雌の筋再生障害は、卵巣摘出によりエストロゲンを欠乏状態にしても増悪しなかったことから、エストロゲンは筋幹細胞が発現するERβを介して筋再生を制御していると考えられるという。

さらに、筋再生能の低下の原因を探るため、筋幹細胞を単離し、細胞培養系で評価した。scKOに加えsiRNAや阻害剤などを用いた複数の機能阻害実験によりERβの機能を評価したところ、ERβは筋幹細胞の増殖の促進と細胞死の抑制に寄与していることがわかった。RNA-seq解析により遺伝子発現を調べたところ、scKO筋幹細胞において、ニッシェ関連遺伝子発現が減少していた。細胞老化関連遺伝子の発現増加も観察されたが、細胞老化マーカーであるSA-β-gal染色では変化がみられなかった。つまり、ERβの不活性化によって幹細胞ニッシェの形成が阻害され、筋幹細胞の増殖や生存に影響を与えた可能性が推察された。

エストロゲンの減少が、女性アスリートのパフォーマンス低下やスポーツ障害からの回復遅延につながる可能性

今回の研究から、女性特有の筋老化のメカニズムにERβが関連する可能性が見出された。女性アスリートにおいて過酷なトレーニングや過度なダイエット等により誘発される無月経は、女性アスリートの3つの主徴の1つとして世界的に問題になっている。今回の研究成果は動物実験の所見であることから、直接ヒトに応用することはできないもののが、無月経におけるエストロゲンの減少は、筋線維や筋幹細胞のERβ活性を抑制し、運動パフォーマンスの低下に加え、スポーツ障害からの回復の遅延を招く可能性があるため、女性アスリートにとって極めて不都合な状態に陥る危険性を示唆している。

最近では、培養細胞系でエストロゲンシグナルを増強すると、顔面肩甲上腕型筋ジストロフィーの病態を緩和できる可能性が報告されている。「今後、雄性マウスにおけるERβの役割を明らかにし、ERβやその下流シグナルを標的としたサルコペニアや筋ジストロフィーの病態解明と治療開発へ展開していく予定だ」と、研究グループは述べている。

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