循環器疾患のリスク低下に、「生きる意味や目的」は寄与するか
順天堂大学は8月20日、英ロンドンの公務員対象の研究データを用いて、「心理的ウェルビーイング」と循環器疾患のリスクとの関連を調査した結果、高齢男性において、心理的ウェルビーイングによる動脈硬化の抑制効果が認められ、さらに、5年経過後も効果が持続することがわかったと発表した。これは、同大医学部公衆衛生学講座の野田愛特任准教授、谷川武教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Hypertension」に掲載されている。
画像はリリースより
日本において、脳血管疾患ならびに心血管疾患を含む循環器疾患は、主要死因であるだけでなく、寝たきりにつながる主な要因であり、医療費に占める割合は第1位である。循環器疾患の発症リスクを低下させ、寝たきりを減少させることは重要な課題だ。このような背景のもと、ストレスが多い現代社会において、うつ等のネガティブな感情が循環器疾患へ与える影響について多くの研究が進められている。しかし、「ポジティブな感情」との関連については、ほとんど研究されていない。特に、ポジティブな感情のもととなる、自らの人生を生きるに値するものとするための「意味(meaning)」や「目的(purpose)」といった要素と循環器疾患のリスクとに関連があるかはよくわかっていない。そこで、研究グループは、ポジティブな感情である心理的ウェルビーイングと循環器疾患の発症リスクとの関連を明らかにする研究を実施した。
PWV測定値と「CASP-19」の回答データを用いて分析
英国の「ホワイトホールⅡ研究」のデータを用いて動脈硬化の進展について分析することで、心理的ウェルビーイングと循環器疾患の発症リスクとの因果関係について検討した。調査対象は、基準時に脳血管疾患または心血管疾患の既往がなく、「CASP-19」に回答し、基準時(2007~2009)か5年後(2012~2013年)のどちらかで大動脈脈波伝播速度(Pulse Wave Velocity ;PWV)の測定を行った4,754人(平均年齢65.3歳、男性3,466人、女性1,288人)。心理的ウェルビーイングと5年間のPWVの変化との関連について分析した。
ホワイトホールⅡ研究は、英ロンドンの中心部で働く公務員を対象とした長期的で大規模な縦断研究。1985年に開始され、4~5年ごとのアンケート調査とさまざまな臨床検査による追跡調査が進められている。また、心理的ウェルビーイングに関しては、「CASP-19」を用いて調査分析。CASP-19は、心理的ウェルビーイングを「人生の喜びや楽しみ」「コントロール」「自律性」「自己実現」の4つの領域に定義している。今回の研究では、「人生の喜びや楽しみ」は、「へドニア・ウェルビーイング」(快楽を感じる状態)の指標として用い、他の3つは「ユーダイモニア・ウェルビーイング」(人生における意味・目的を感じる状態)の指標として用いた。
「人生における意味・目的を感じている」高齢男性は、動脈硬化が抑制されている
その結果、ユーダイモニア・ウェルビーイングが高いレベルの男性は、ユーダイモニア・ウェルビーイングが低いレベルの男性に比べて、PWVの平均値が低く、その傾向は5年経過しても持続することが明らかになった。一方、女性では、同様の傾向は認められなかった。また、同研究において、へドニア・ウェルビーイングのレベルとPWVとの関連は男女ともに認められなかった。
以上のことから、男性においては、へドニア・ウェルビーイングのような「快楽」を感じる状態よりも、ユーダイモニア・ウェルビーイングのような「人生における意味や目的」を感じる状態が動脈硬化の進展を予防する可能性が示された。
現在の日本の高齢者層の多くは、「夫は外で働き、妻は家庭を守る」という価値観が広く浸透している時代を過ごしてきたが、今回の結果から、熱心に仕事に打ち込んできて退職を迎えた高齢男性にとって、退職後の人生に意味・目的を見出し、第二の人生目標を設定することは重要と考えられる。「今後、日本の高齢者を対象に心理的ウェルビーイングの循環器疾患への影響について検討する予定だ」と、研究グループは述べている。
▼関連リンク
・順天堂大学 プレスリリース