げっ歯類では、VTAからNAcに至る経路が動機付け行動や強化学習に関与
京都大学は8月17日、霊長類の腹側被蓋野(VTA)から側坐核(NAc)への投射経路は、動機付けに基づく意思決定には関与するものの、強化学習には必ずしも重要ではないことを明らかにしたと発表した。これは、同大高等研究院 ヒト生物学高等研究拠点(ASHBi)の伊佐正教授らと、ベルギー・ルーバンカトリック大学のWim Vanduffel教授のグループ、生理学研究所ウィルスベクター開発室の小林憲太准教授との共同研究によるもの。研究成果は、「Neuron」のオンライン版に掲載されている。
画像はリリースより
VTAは、辺縁系や大脳皮質へドーパミンを供給する脳部位として知られている。特に、NAcへの投射経路は、動機付け行動や薬物依存などに関与する経路として注目されている。また、ドーパミン細胞の一過性の発火活動は、予測通りに報酬をもらえたか、もらえなかったかという「報酬予測誤差」の情報を有し、これが報酬を獲得できた行為をより強化する「強化学習」の成立に重要な教師信号になっているとされている。
しかし、このようなVTAからNAcに至る経路が動機付け行動や強化学習に関与するという知見の多くは、げっ歯類において比較的単純な行動課題を用いて明らかにされたもので、霊長類が経験に基づいて、多様な選択肢から行動を決定していく過程でどのように機能しているかについては、よくわかっていなかった。
げっ歯類と異なり、霊長類ではVTAからNAcに至る経路が強化学習に必ずしも重要ではない
今回、共同研究グループは、自らが開発した2種類のウィルスベクターを組み合わせて特定の経路を一時的に遮断する方法を用いて、アカゲザルにおいてVTAからNAcへの経路を一時的に遮断し、その影響を調べた。結果、以下のようなことが明らかになった。
(1)VTAをseed(神経活動の追跡開始点)とする覚醒下の安静時MRI計測により、前頭葉と側頭葉を中心とする広汎な脳領域間の結合性が増強する
(2)動機付け行動選択課題において「より我慢強く待ってより多くの報酬を得ることを好む」行動特性が、「より短い待ち時間で少ない報酬を得る」ような傾向に変化する
(3)一方で、報酬がより高い確率で得られるゴールを選択するという強化学習課題における学習速度には変化が見られない
これらの結果のうち、(1)については、興奮性と考えられているVTAからNAcという1つの経路を遮断することで、脳の広汎なネットワークに影響が出ること、それが予想に反して結合性を高める方向への変化を促したという点が、極めて新しい知見だという。一方で、ドーパミンが欠乏することで生じるパーキンソン病では脳の結合性が高まることが報告されており、それとは合致する結果となった。(2)は、VTAからNAcに至る経路が「努力によって多くの報酬を得る動機付け行動」に重要であるということを明確に示した点で画期的だという。(3)は、この経路の強化学習への関与を完全に否定するものではないが、これまでのげっ歯類での研究を覆す結果となった。霊長類が経験から確率的に判断して行動選択を行う場合には、前頭葉も含めた別の経路がより重要である可能性が示された。
高度な認知行動課題を組み合わせることで、霊長類脳科学の新しい方向性を示すことに成功
今回の研究成果について、研究グループは、「伊佐教授らが開発した最新の神経回路操作技術と、Vanduffel教授が開発した覚醒下の霊長類を対象とする高精度MRI計測技術に、高度な認知行動課題を組み合わせることで、霊長類脳科学の新しい方向性を示すことに成功した画期的な脳科学研究である」と、述べている。
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・京都大学 研究成果