ウェルシュ菌のような腸内病原細菌が形成する「バイオフィルム」に着目
筑波大学は7月31日、食中毒細菌であるウェルシュ菌(Clostridium perfringens)のバイオフィルム(集団)に抗生物質・酸素耐性をもたらす細胞外マトリクスタンパク質を発見したと発表した。この研究は、同大医学医療系の尾花望助教と生命環境系の野村暢彦教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「npj Biofilms and Microbes」に掲載されている。
画像はリリースより
ウェルシュ菌は腸内悪玉細菌や食中毒の原因細菌として知られており、2019年度の国内の食中毒総患者数における原因の第3位であった(厚生労働省食中毒統計資料)。ウェルシュ菌は、酸素がある環境では生育できない偏性嫌気性細菌だが、自然界に広く分布している。
刻々と変化する環境下で細菌が生存するための生活様式の一つにバイオフィルムがある。細菌の集団であるバイオフィルムは、細菌が分泌する細胞外高分子物質(EPS)から成る細胞外マトリクスによって覆われて、化学的・物理的攻撃から保護されており、この作用によって、バイオフィルムを形成していない浮遊性細胞に比べ、さまざまなストレスに対する耐性が100倍以上高められている。ウェルシュ菌のような腸内病原細菌が形成するバイオフィルムは、疾患を引き起こす原因となる可能性があるため、そのEPSマトリクスを理解し制御することが課題となっている。
ウェルシュ菌が宿主より低い温度を認識して集団の内部で役割分担をし、外部環境に適応するため膜状のバイオフィルムを形成
今回、研究グループは、ウェルシュ菌が25℃で形成する弾性の高い膜状のバイオフィルムに着目し、膜状のバイオフィルムに必要な遺伝子を探索した。その結果、細胞外に分泌されるタンパク質をコードする遺伝子が、バイオフィルム形成に必須であることを発見した。BsaAと名付けたこのタンパク質は、細胞の外で重合(ポリマー化)しており、膜状のバイオフィルム形成に必須のEPSであることがわかった。また、BsaAポリマーは界面活性剤や強酸に曝しても壊れない非常に強固な構造であることを発見した。BsaAポリマーを作れないウェルシュ菌は膜状のバイオフィルムを形成できず、酸素と抗生物質に対する耐性が低下した。
また、BsaAポリマーは、宿主体内の温度である37℃よりも低温の25℃でウェルシュ菌が生育した場合に豊富に生産されることがわかった。嫌気蛍光レポーター株を用いて、細菌1細胞あたりのbsaA遺伝子発現を解析したところ、その発現は不均一であり、ウェルシュ菌バイオフィルム中にはBsaAポリマーを生産する細胞と生産しない細胞が存在していた。また、共焦点レーザー顕微鏡によりバイオフィルム中の遺伝子発現の局在を可視化したところ、BsaAポリマー生産細胞がBsaAポリマー非生産細胞の上部を覆うように存在すること、繊維状BsaAポリマーマトリクスがバイオフィルム上部を覆っていることを見出した。宿主の腸管内は酸素がない嫌気的条件である一方、宿主の外は嫌気性細菌の生育を阻害する酸素が豊富に存在する環境だ。偏性嫌気性細菌であるウェルシュ菌は、宿主体内の37℃より低い温度を認識することで、集団の内部で役割分担をしつつ、酸素が豊富な宿主の外部環境に適応するために、膜状のバイオフィルムを形成していると考えられるという。
嫌気性の腸内細菌が関わるヒトの病気の理解や予防、治療につながる可能性
今回の研究により、偏性嫌気性細菌であるウェルシュ菌が宿主の体外に排出されたときの生存戦略の一つが明らかになり、ウェルシュ菌が引き起こす食中毒の予防や、嫌気性細菌が形成するバイオフィルムに関連した感染症の予防や治療に役立つと期待される。また、嫌気性腸内細菌が、複数の特性を持った不均一な細胞集団から成るバイオフィルムを形成することが明らかにされた。しかし、腸内細菌叢(腸内フローラ)を形成する細菌の多くは偏性嫌気性細菌だが、嫌気性腸内細菌叢が体外に排出された後、どのように生存するのかはまだわかっていない。
研究グループは、「細胞集団の不均一性は感染症の難治化や耐性化と深く関わることから、本研究成果は、嫌気性の腸内細菌が関わるヒトの病気の理解や予防、治療にもつながる可能性がある」と、述べている。
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